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独りの部屋
第32章 指先の半歩手前
湯あがりの空気は、まだ火照りを包んでいる。
浴衣の胸元を押さえながら、紗耶が座布団に腰を下ろした。

髪が濡れている。頬もほんのりと紅い。
目を合わせないようにしているその横顔が、どこまでも可愛くて──残酷だった。

「……湯、熱かった?」

何気なくそう聞きながら、私はそっと彼女の前に膝をつく。

「あ……うん。ちょっと、ね」

彼女はうつむき気味に答えたけれど、ほんとうは私の視線に気づいている。
胸元、浅く結ばれた浴衣の隙間。そこにのぞく柔らかな起伏。

まるい。まだ濡れた肌が、布のあいだから透けるようで。
私は、指先を伸ばしそうになる。けれど──

「……触れたら、怒る?」

そっと問いかけると、紗耶の肩がぴくりと揺れた。

返事はない。でも、その沈黙ごと、彼女の羞恥が肌に伝わってくる。

私の中の欲は、たった数センチの距離で満たされず、ただ静かにふくらんでいく。

「……ごめん。見とれちゃって」

唇だけが微笑んで、私は、指先を胸元のすぐ手前で止めた。

触れない。でも、逃がさない。
このもどかしさこそ、彼女の熱を一番近くで感じられる特権だと思った。

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