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独りの部屋
第36章 静かな水音の奥に

彼女の吐息が、頬に触れた。

それはほんの、かすかな温度。
でも、私は身体の芯まで焼かれたように、凍りついたまま動けなくなる。

「……やっぱり、綺麗ね。水に濡れたあなたは」

高瀬の指が、私の頬から首筋へ、そっとすべる。
タオルの上から感じる手のひらの重みは、重力とは別の何かだった。
熱。渇き。触れたいと願い続けた、真夜中の夢の続き――。

プールサイドのライトが、水面に映る。
私たちの影も、少しずつ重なっていく。

「どうして……優しくするんですか」

喉の奥からこぼれた声は、まるで子供みたいにかすれていた。

「優しくなんて……してないわよ。ただ……」

彼女の唇が、耳のすぐ下に触れた。
くちづけ、というには儚すぎて、でも確かに、甘く痺れた。

「ずっと見てたの。あなたが、泳ぐ姿も、黙って耐える横顔も」

ぐっと抱き寄せられた瞬間、水着の上からでも分かる彼女の体温が、肌にまとわりつく。
濡れた髪の束が絡まり、胸元に触れるたび、呼吸が乱れていく。

「こんなこと、いけないって分かってるのに……」

「……なのに?」

彼女の手が私の背を撫でるたび、
脳の奥がじんじんと痺れて、考える余地さえなくなっていく。

「それでも、あなたに……触れたくなるの。苦しいほどに」

背中を包む腕の力が強くなり、私は抵抗もせず、その中に沈んでいった。

音のないプール。
誰もいない静寂のなかで、私たちの鼓動だけが響いている。

高瀬の指先が、肩のストラップに触れる。
一瞬、空気が凍る。

その手を私は、自分の指でそっと重ねて――
ただ、うなずいた。
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