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第2章 錆びた看板

　次の日、練習試合ではあったけど、わたしたちは初めて△△中学校に勝った。お風呂場で尻もちをついた相手のキャプテンが向こうの先生に怒られまくっていた。

　試合の後でＭ本先生はお風呂での顛末を△△中学校の顧問の先生に話したようだった。わたしとキクちゃんが遠くから見ているとキャプテンが呼ばれた。彼女が向こうの先生に殴られたりするのではないかと内心ひやひやしていた。その子がＭ本先生に頭を下げている。向こうの先生も頭を下げている。Ｍ本先生は彼女を抱きしめて頭を撫でていた。わたしもキクちゃんもそれを見て安心したけど、抱きしめられた彼女が羨ましくなった。

　合宿から一カ月半ほどして地区大会があった。三回戦でわたしたちは△△中学校と対戦した。

　（いくら強いって言っても同じ中学生…）

　そう思って頑張ったけど、結果は大敗だった。わたしもキクちゃんも生理になってしまっていた…というのは言い訳でしかないけれど…。その試合を最後に引退するわたしたちをＭ本先生はひとりひとり抱きしめてくれた。お風呂で見た印象とは逆ですごくやわらかい感触だった。

　Ｍ本先生はわたしたちが卒業してから一年くらいで転勤してしまった。風の噂ではしばらくして教師を辞めて遠くの郷里に帰って結婚したらしい。同窓会の名簿にも『連絡先が分からない先生』のところに名前がある。

　あのとき、Ｍ本先生はどうしてあんなに怒ったのだろう。考えながら歩いているとあっという間に我が家に戻ってきた。

　今日はだいぶ歩いたからゆっくりお風呂に入ろう。お風呂に入るとまさに裸になって素の自分になれるような気がする。Ｍ本先生も素の自分に戻っていたのだろうか。素の自分に戻るほどお湯に長くも浸かっていなかったけれど。

　（みんなが素の自分に戻る場所なのだから、そんなに突っ張っていないでいたら？…ということだったのかしらね）

　とりあえずそんなことを考える。また『景勝閣』のお風呂に行ってみたくなったけど、古い旅館だったからもうなくなってしまったことだろう。看板から微かに読み取れた電話番号は、今では使われていないような局番のまま。看板は錆びついているけど、Ｍ本先生は若く綺麗な裸身のままでわたしの記憶に残っている。