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天狐あやかし秘譚
第72章 侵掠如火(しんりゃくじょか)
♡ーーーーー♡
【侵掠如火】炎のように激しく攻め入ること。
『侵略すること火の如し』みたいな。
♡ーーーーー♡

身体が大きく揺れた。

それが、夢と現(うつつ)の境で感じた、最初の現実的な刺激だった。意識が焦点を結び、ゆっくりと闇の中から浮き上がってくる。

次いで、思ったことは、温かい・・・ということ。
なにかに、支えられている・・・。

そして、声が聞こえた。

『貴様ら・・・よくも汚い手で、綾音に触れてくれたな・・・ただで、済むと思うなよ』

この声・・・声・・・懐かしい、声・・・。
ゆっくりと目が開く。薄ぼんやりとした視界の中、間近に見えたのは・・・

「だ・・・ダリ・・・」

肌理細やかな肌、サラサラの髪、狐神モードの直衣姿に焚き染められた香の薫り。
懐かしい・・・体温。

いつのまにか私は、ダリの左腕にしっかりと抱きかかえられていた。ダリは怒っているようだった。狂骨から私を救い出したときみたいに、いいや、それ以上の妖気が全身から雷となってほとばしっていた。

来てくれたんだ・・・

「良かった・・・」

呟くと、ちらりと私の方を見る。その目がほんの一瞬だけ、優しそうに笑う。しかし、すぐにキッと前方に目を向けた。私もつられてそちらを見ると、そこには白い領巾(ひれ)を肩にかけた痩せた男が、どういうわけか下半身を剥き出しにしてへたり込んでいる姿があった。

その事に気づき、私はさらに二つの事実に思い至った。

ひとつは、自分もまた下半身が丸出しだということ。そして、もうひとつは・・・

「だ・・ダリ!右手が!?」

そう、一瞬、痩せ男の出現に慄き、しがみついたときにわかったのだ。ダリの右腕が肩から先で失われていることを。彼は右腕を失い、左手一本で私のことを抱きかかえていたのだ。

「子細ない」

私が右腕の欠損を心配していることに気づき、彼が言った。問題ないって・・・腕、一本ないんだよ!?

「すぐにこの建物ごと・・・屠ってやる」

ダリが痩せ男を睨みつけると、バチンと、身体中の妖気が爆ぜた。
唇が小さく動き、呪言を刻んでいく。

『久方の天より落つる 雷よあれ・・・』

大気が震え、周囲に雷気が充満する。
これ・・・この呪言って・・・!
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