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天狐あやかし秘譚
第68章 多情多恨(たじょうたこん)
顔が良ければ、それだけでもてはやされる。
力が強ければ、体格が良ければ、それだけで怯えずに済む。

最初から不公平じゃないか。
 与えられて生まれてくるもの
 与えられずに生きなくてはいけないもの

スタート地点が違う。
 努力で?馬鹿な!

あいつらが、なんの努力をした?
なんにも努力しないで、生まれながらのいいものを持って、それで、それで上手く行く。
沙也加・・・沙也加・・・沙也加!
お前は、お前が、お前も!

考えに考えた。
吐き気を催し、実際に吐き散らかした。
何度吐いても、胃の腑が空になるまで吐き散らかしても、納得なんてできなかった。

何度考えても、何度吐いても
なんの結論にも達することができなかった俺は、
まるで死人のように横たわり続けた。

少しの飯、
トイレの時だけ、部屋を出た。
風呂にもろくに入らず、ただ、ただ、ベッドの中で過ごし続けた。

「雄一・・・明日から3年生よ・・・A組ですって。クラス替えもしたそうよ・・・学校、行ってみない?」

母親だった。ろくに風呂にも入らず閉じこもり続けた俺がいる部屋は、据えた匂いが充満していたことだろう。刺激しないようにだろうか、優しげな声で話しかけてくる。

「部屋、少し掃除するわね・・・。それから、空気、入れ替えていいかしら?」
窓が開き、外の風が入ってくる。三月の風には花の香が漂っている気がした。

あら・・・

「去年の文化祭のときの・・・雄一の文章も載っているんでしょ?」

ヤメロ

「この時は、雄一、小説書いたのね・・・すごいわ」

ヤメロ、ヤメロ

「恋愛小説・・・なのね・・・短いけど、すごくよく書けてるって思ったのよ」

ソレイジョウ・・・

「勇気を出して告白した男の子の・・・恋が成就する・・・」

話ね・・・

「やめろおおおおおおおお!!!」
気がつくと、俺は、母親の首を両手で絞めていた。昏い目から涙を流し、ありったけの怨嗟を込めて。

母親の首筋に俺の爪が食い込み、赤黒くうっ血する。目が飛び出し、舌がだらりと垂れ、意味をなさないかすかな呼吸音が漏れ、そして・・・それも消えた。

だらんと身体中の力が抜け、命の気配を感じなくなったとき、俺は、自分がとんでもないことをしでかしてしまったことを悟った。
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