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天狐あやかし秘譚
第65章 主客転倒(しゅかくてんとう)

☆☆☆
綾音の呼ぶ声が聞こえる。
ダリの狐の耳が一瞬、ピクリと反応し、くるりと森の奥の方を向く。何かしら彼女が危ない目に合っていることは明らかである。
いかねばならない。
そう思うのだが・・・。
「ふんっ!」
眼の前の大男、カダマシといったか?が、拳を前に突き出してくる。数メートル離れているので、元来はその攻撃は当たるわけがないのであるが、神宝によってもたらされている彼の圧倒的な膂力によって、拳で押し出された空気の塊は、まるで大砲の弾のようにこちらに向かって飛んでくる。それは音に似る疾さで宙を駆け、通り道にあるあらゆるものをなぎ倒していく。
厄介な・・・
単純な物理的攻撃であるのだが、受けるためにはそれなりの妖力を必要とする。ダリはその軌道を読み、手にした天魔反戈で衝撃波を打ち払い続けていた。
先程からこれの繰り返しだ。
奴は強い。強いのだが、何か隠している、何かを待っているようにも思う。本気を出していない、そんな気がするのだ。
それを警戒して、こちらも力を温存していたが、綾音が助けを求めている以上、それも詮無きことだ。
「ゆくぞ」
短く言うと、槍を脇構えにする。近くに御九里や綾音たちがいる以上、大技は使えない。一点突破の術で一気にカタをつけようぞ!
「久方の 天つ風吹け 裂けよ地を
霹靂(かむとけ)の 光る空より 」
呪言の歌が己の妖力と響き合い、空間を制していく。天狐の持つ力で帯電した大気が凝集し、その雷鎚の力が槍の穂先に収束していく。
その薄い唇が、最後の呪言を紡ぐ。
『射ねよ稲魂(いなだま)』
切っ先が光輝く。それは、天候すら捻じ曲げる天狐の超妖力がその一点に集中された証であった。手にしている武具が神の力すら受け止める神器『天魔反戈』でなければ、これほどの妖力の奔流に耐えることなどできないだろう。
それほどの力。
神に、等しい力だ。
これをそのまま放ち、瞬きする間に相手を貫く。
それが、ダリの奥義のひとつ『雷槍』であった。
しかし、ダリの持つ槍の切っ先に集中する妖力が空間を捻じ曲げるほどの放電をしているのを見ても、カダマシは余裕を見せていた。
「クチナワの罠が作動した、ってこったな。可愛い子ちゃんを救いに行きたいかい?そうはいかねえなあ!」
その笑みは、この男もまた、切り札を秘めていることを意味していた。
綾音の呼ぶ声が聞こえる。
ダリの狐の耳が一瞬、ピクリと反応し、くるりと森の奥の方を向く。何かしら彼女が危ない目に合っていることは明らかである。
いかねばならない。
そう思うのだが・・・。
「ふんっ!」
眼の前の大男、カダマシといったか?が、拳を前に突き出してくる。数メートル離れているので、元来はその攻撃は当たるわけがないのであるが、神宝によってもたらされている彼の圧倒的な膂力によって、拳で押し出された空気の塊は、まるで大砲の弾のようにこちらに向かって飛んでくる。それは音に似る疾さで宙を駆け、通り道にあるあらゆるものをなぎ倒していく。
厄介な・・・
単純な物理的攻撃であるのだが、受けるためにはそれなりの妖力を必要とする。ダリはその軌道を読み、手にした天魔反戈で衝撃波を打ち払い続けていた。
先程からこれの繰り返しだ。
奴は強い。強いのだが、何か隠している、何かを待っているようにも思う。本気を出していない、そんな気がするのだ。
それを警戒して、こちらも力を温存していたが、綾音が助けを求めている以上、それも詮無きことだ。
「ゆくぞ」
短く言うと、槍を脇構えにする。近くに御九里や綾音たちがいる以上、大技は使えない。一点突破の術で一気にカタをつけようぞ!
「久方の 天つ風吹け 裂けよ地を
霹靂(かむとけ)の 光る空より 」
呪言の歌が己の妖力と響き合い、空間を制していく。天狐の持つ力で帯電した大気が凝集し、その雷鎚の力が槍の穂先に収束していく。
その薄い唇が、最後の呪言を紡ぐ。
『射ねよ稲魂(いなだま)』
切っ先が光輝く。それは、天候すら捻じ曲げる天狐の超妖力がその一点に集中された証であった。手にしている武具が神の力すら受け止める神器『天魔反戈』でなければ、これほどの妖力の奔流に耐えることなどできないだろう。
それほどの力。
神に、等しい力だ。
これをそのまま放ち、瞬きする間に相手を貫く。
それが、ダリの奥義のひとつ『雷槍』であった。
しかし、ダリの持つ槍の切っ先に集中する妖力が空間を捻じ曲げるほどの放電をしているのを見ても、カダマシは余裕を見せていた。
「クチナワの罠が作動した、ってこったな。可愛い子ちゃんを救いに行きたいかい?そうはいかねえなあ!」
その笑みは、この男もまた、切り札を秘めていることを意味していた。

