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天狐あやかし秘譚
第120章 十網九罠(じゅうもうきゅうわ)
☆☆☆
その夜、就寝時間を過ぎても、私は眠りにつくことができなかった。

先程の緋紅の言葉が頭を巡っていた。そして、葛藤をしていた。

行って・・・いいの?
行くべきなの?

緋紅がいかに親切な人であっても、年上の男性と二人きりで会うというシチュエーションはやはり私にとってはとても恐ろしいものだった。でも、緋紅のあの表情に悪意は全く感じられなかった。純粋に私たちのことを思ってくれていると感じられた。

そうなると、ここで私が行かないことで緋紅の機嫌を損ねてしまうことのほうがより恐ろしくなってくる。

結局、悩んだのは5分ほどだった。隣で眠っている水有の寝息がすーすーと規則的になったところを見計らって、私はそっと布団から抜け出した。

自分の部屋に通じる襖を小さく開き、身体を滑り込ませるとき、もう一度だけ水有の顔を見た。

何も憂いのない、安心しきった水有の顔がとても綺麗なものに見える。

それに引き換え私は・・・。
父に犯され、身体を汚され、母に見捨てられた。
挙句、自らの過ちで、皆を不幸にしてしまった・・・。

だったら、私が怖がってこの生活を壊すことは許されないのではないか。
そんな思いが強く心を支配する。

行ってくるね・・・水有。だから、あなたは安心して眠って・・・ね。

心の中でそうつぶやいた。

薄青のパジャマのまま廊下に出て、そっと左右を窺う。この家の『従者』が何人いるのか、普段どこにいるかなど、私はまだ全貌を把握していなかった。別に緋紅自身に呼び出されたのだから堂々とすればいいのだが、何となく、夜に寝間着のまま男性のところに忍んでいくことに背徳感を覚え、つい、コソコソとしてしまう。

周囲には人の気配がなかった。
私は緋紅に教えられた通りの道順をたどり、彼がいつも過ごしているという『奥の間』にたどり着いた。

襖をノックするのはなんだか違う気もしたが、いきなり開けるのは忍びなかったので、トントンと軽く叩いてみた。

「水無かい・・・いいよ、入って」

中から緋紅の声がした。そっと襖を開けると、そこは少し広めの座敷で、一番奥のスペースは少し座敷が高くなっていて、その座椅子におそらく夜具に使っているのだろう薄手の着物を羽織った緋紅が座っていた。
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