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天狐あやかし秘譚
第110章 機略縦横(きりゃくじゅうおう)
ほんの刹那、吾嬬の口元が動いた。
何か呪言を唱えた様子。
そして、それに呼応した光る何かが数条、鬼を貫いたのだ。

「初めて見ました・・・あれが、八咫烏の『針』・・・」
「は・・・針?」

その言葉に色麻が目を凝らす。
よく見ると、時弥の両の太もも、そして振り上げた右腕の付け根、肩のあたりにキラリと光るものが突き刺さっているのが見えた。

「八咫烏って・・・まさか!?」
「そ、ただでさえ極秘の宮内庁陰陽寮の中でも更に秘中の秘・・・隠密機動部門・・・一説では陰陽寮成立前、天皇家の創立時期からこの日本を守っているという謎の部隊・・・
 ああ・・・彼女、吾嬬千鶴は・・・陰陽師だったんだ」

時弥は両膝を付き、すでに戦意を喪失している。
それは、吾嬬の放つ圧倒的な呪力に気づいたからだ。

そんな時弥に吾嬬が歩み寄る。
何事かを言っているが、その詳細はもちろん聞こえない。

だが、なにか決定的な事を言ったのだろうと思われた。なぜなら、時弥が首を振り、後ずさって逃げようとしたからだ。

しかし、それを吾嬬は許さなかった。

ヒュン

目にも止まらぬ蹴りが、時弥のこめかみを捉える。百キロは優に超えるはずの鬼の巨体が浮き上がり、ゴロゴロと転がっていった。蹴りを放った当の本人である吾嬬は涼しい顔をしていた。

「恐ろしい戦闘力だ・・・」
西園寺がゴクリと息を呑む。
戦闘部門である祓衆、そこで属の四位を頂く西園寺をして、そう言わしめる。それは、それほど常軌を逸した光景だった。

吾嬬がなにか手元で操作し、その後、こちらを一瞥した。

ブルルっと西園寺のスマホが震えたところをみると、どうやらメッセージを送信してきたらしい。

「なんとまあ・・・」
「なんですか?なにか言ってきたんですか?」

問いかける色麻に、西園寺は黙ってメッセージアプリの画面を示した。
そこには、ただ一言、こうあった。

『今見たことは、忘れてくださいね』

その画面を見たのは一瞬だったはずなのに、下に目を向けたときにはもうすでに吾嬬はいなかった。ただ、気絶をし、人型に戻っている時弥だけが、ぐったりと横たわっていた。

おー怖い、怖い・・・

西園寺が小さくこぼした。
その言葉こそ軽いものだったが、その瞳はこれまで見たどんな時よりも真剣な色を帯びていると、色麻は思っていた。
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