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天狐あやかし秘譚
第110章 機略縦横(きりゃくじゅうおう)
☆☆☆
一連の騒ぎが終わり、午前1時を回った。
病室のベッドに横になっていた大武朔弥も、先程の騒ぎで高ぶった神経がやっと落ち着いてきたところだった。いかに百戦錬磨の経営手腕を持つ朔弥とて、実の兄に命を狙われた事実は重いものだった。
「社長・・・眠れそうですか?」
消灯時間はとうに過ぎており、読書灯のみを点けている状態だ。薄闇の中、自分の側にいてくれる吾嬬だけが、心のオアシスのように感じられた。
「ああ、ありがとう、千鶴。
やっと落ち着いてきたよ」
「良かったです」
すっと頬に手を伸ばしてくる。このしっとりとした手に頬や額を撫でられると、とても心地が良かった。それは、朔弥が久しく妻や家族から受け取っていなかった優しい温もりだった。
「千鶴・・・」
「なんですか?」
朔弥の妻もまた、不動産経営をしている経営者だった。互いにとうの昔に愛はないが、利はあった。ビジネスパートナーも兼ねている妻との離婚に、朔弥はなかなか踏み切れないでいた。
もちろん、息子や娘たちのことを考えもするし、世間体も考える。
しかし、それを押しても、この1年間で吾嬬という女性との間に生まれた絆が自分を深く、強く支えていることを感じていた。
最初は遊びのつもりだったが、今は本気だった。
千鶴を手放したくない。
その思いは日増しに強くなっていく。
そして、今日、この心細い夜に付き添ってくれた唯一の女性に対する愛情が、朔弥の中で頂点に達しようとしていた。
「来月・・・すべてが終わったら・・・」
結婚して欲しい。
そう言うつもりだった。
しかし、唇に吾嬬の指がそっと置かれる。
「社長・・・それ以上は、ダメですよ?」
吾嬬は椅子から立ち上がり、彼と距離を取った。
そして、そのまま『今日は帰りますね』と部屋を後にする。
朔弥の唇の、吾嬬が触れた部分だけが、じんじんと疼くように傷んでいた。
一連の騒ぎが終わり、午前1時を回った。
病室のベッドに横になっていた大武朔弥も、先程の騒ぎで高ぶった神経がやっと落ち着いてきたところだった。いかに百戦錬磨の経営手腕を持つ朔弥とて、実の兄に命を狙われた事実は重いものだった。
「社長・・・眠れそうですか?」
消灯時間はとうに過ぎており、読書灯のみを点けている状態だ。薄闇の中、自分の側にいてくれる吾嬬だけが、心のオアシスのように感じられた。
「ああ、ありがとう、千鶴。
やっと落ち着いてきたよ」
「良かったです」
すっと頬に手を伸ばしてくる。このしっとりとした手に頬や額を撫でられると、とても心地が良かった。それは、朔弥が久しく妻や家族から受け取っていなかった優しい温もりだった。
「千鶴・・・」
「なんですか?」
朔弥の妻もまた、不動産経営をしている経営者だった。互いにとうの昔に愛はないが、利はあった。ビジネスパートナーも兼ねている妻との離婚に、朔弥はなかなか踏み切れないでいた。
もちろん、息子や娘たちのことを考えもするし、世間体も考える。
しかし、それを押しても、この1年間で吾嬬という女性との間に生まれた絆が自分を深く、強く支えていることを感じていた。
最初は遊びのつもりだったが、今は本気だった。
千鶴を手放したくない。
その思いは日増しに強くなっていく。
そして、今日、この心細い夜に付き添ってくれた唯一の女性に対する愛情が、朔弥の中で頂点に達しようとしていた。
「来月・・・すべてが終わったら・・・」
結婚して欲しい。
そう言うつもりだった。
しかし、唇に吾嬬の指がそっと置かれる。
「社長・・・それ以上は、ダメですよ?」
吾嬬は椅子から立ち上がり、彼と距離を取った。
そして、そのまま『今日は帰りますね』と部屋を後にする。
朔弥の唇の、吾嬬が触れた部分だけが、じんじんと疼くように傷んでいた。

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