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天狐あやかし秘譚
第108章 匿影蔵形(とくえいぞうけい)
「はい、わかりました。・・・あの・・・お手洗いなどお借りしてもよいですか?」
「ええ、構いません。廊下に出て右手奥にございます。あと、こちらの部屋は好きに使っていただいて結構ですので、ごゆっくりおくつろぎください。何か要件がありましたら、内線で12番を押していただければ私に通じますので」

さすが大きな会社の幹部秘書。
至れり尽くせりだな・・・
西園寺は感心した。

トイレに行って戻る途中、『資料室』と銘打たれた扉が目につく。好奇心に駆られ取っ手をひねってみると容易く開くことができた。

「おじゃましまーす・・・」
勝手に見るのはいけないんじゃないかと思いつつも、暇を持て余していることもあり、中に入ってみることにした。

壁際にあるスイッチを押すとぱっと明かりがつく。
そこは資料室というよりは書斎という方がぴったりの部屋だった。正面にはブラインドの降りた窓、その窓を背にする形で大ぶりの書斎机が置かれていた。
左右には天井までの本棚があり、そこにはぎっしりと本が詰まっていた。

「大分、使われてない・・・?」
簡単な掃除はされているものの、机や書棚には薄くホコリが積もっていて、この部屋があまり頻繁に使われていないことを感じさせた。

置かれている本は経営に関するもの、理工学書、自己啓発系の本のほか、どういうわけか医学書や歴史に関する本、果ては民俗学系の書物などもあった。どうやら上の方の棚にあるものほど古い時代のものようで、最上段の本の背表紙は旧字体のものもちらほら見られた。とは言っても、下の方にあるものがそれほど新しいわけでもない。タイトルを見る限り、昭和の時代の書籍、といった様子であった。

ここがもし書斎だったとしたら、大分博識な人物だったのだろうと推測できる。

「興味がお有りかしら?」
突然後ろから声をかけられ、ビクリと肩を震わせた。
吾嬬の声ではない。もう少し鋭い・・・言い方を選ばなければキツイ声だった。

ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには40そこそこの女性が腕組みをして扉にもたれていた。

くすんだブラウンカーキのセットアップに、真っ白な開襟シャツ。飾り気がなくシンプルでありながらも、身につけているそのどれもがハイブランドのものであることは明らかだった。
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