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天狐あやかし秘譚
第107章 【第21話 冥穴】居安思危(きょあんしき)
☆☆☆
薄く雲がたなびく天穹の下に設えられた祭壇に、神の依代としての鏡、その横に榊が据えられていた。その他にも五行を象徴する品々、水、米、塩、酒、山の幸、海の幸などが供物として置かれている。真白な御幣がそよぐ風に小さく揺れていた。

潔斎し、祭祀用の巫女服に着替えた私は大きく幣を振るい、場を清めていく。
ゆっくりと唱える呪言に合わせ、他の祭部たちも呼吸を合わせていく。

「五方主呪咀君 我請い願う
 執法・収法・門法・推法・除法・散法・滅法・八部将軍
 威光照見 その力もてここに降り立ちて・・・」

ビイィイン、ビイィインと私の両側の陰陽師たちー武田と新城ーにより弓の弦がかき鳴らされる。
弦打という結界術のひとつだ。音による退魔の効能がある。

同時に火の結界術を使う祭部の術者である御神苗が、複雑な手印を結び、小さく呪言を唱え、篝火に香油を放つ。その瞬間、炎がひときわ強く燃え盛っていく。

「千の災い・・・万の邪を退けよ」
呪言とともに印を結び、念を込める。じっとりと汗が額に滲む中、呪力コントロールに全力を注ぐ。

今、行っているものこそ、私が最も得意とする術式『本命星宿の祭祀』である。

準備に要する時間も手間もかかるが、周囲の自然、特に星を司る泰山府君の力を勧請し、世の歪み、災いを強烈に抑え込むことができる祭祀霊術と言われる系統の術式の一種である。

祓衆の実戦的な術のように、すぐに強力な効果を発動することはできないが、場を清め、霊道を正すことにより、冥穴のような歪みを根本から封滅することが可能となる。その点は祭祀霊術に一日の長があるわけだ。

私の呪力が祭壇に込められたそれと共鳴し、より大きな力となって場を制していく。私の閉じた目に目の前にある冥穴がゆらりと揺らぐのが見て取れた。呪力が更に増し、冥穴をゆっくりと抑え込んでいくのがわかる。

もう・・・一息だ・・・。

幣をもうひと払い。そして、息を整える。立ち上がり空を仰ぎ泰山府君に祈りを捧げる。
そして、また座り、呪言を繰り返す。

「五方主呪咀君 我請い願う
 執法・収法・門法・推法・除法・散法・滅法・八部将軍
 威光照見 泰山府君の法によりたまえ・・・」

その時、ブワリと私の背筋に鳥肌が立つ。たとえて言えば、冷水を頭から浴びせられたような、異様な気配が一瞬にしてあたりに立ち込めたような感じだ。
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