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天狐あやかし秘譚
第76章 人面獣心(じんめんじゅうしん)
☆☆☆
緋紅の前で跪いたミオに、彼が声をかけた。

「顔を上げろ」

右手は血まみれになっていて、動かないらしく、左手で何かをつまみ上げると、顔を上げたミオの口元に持ってきた。

「飲み込め」
彼の手元にあったのは白と黒の文様がうねうねとうねりながら表面を動いている不思議な勾玉だった。5センチ弱あるので、飲み込むのは難しいと思ったが、逆らうことができず、無理に飲み下した。

まるでドロップスを間違って飲み込んでしまったときのように、ごろりと喉を異物が通り、食道を転がっていく感じがしたと思ったら、不意にその違和感が消えた。それは、あたかも先程の勾玉が、身体にとけこんでしまったかのようだった。

「閨へ」
促される。緋紅が手を掲げるので、本能的にそれを取ってしまう。どうやらこの男性は体の具合が悪いらしく、立つのにも精一杯であるようだった。

閨と呼ばれた部屋はこの十畳ほどの間の右手にあった。布団が敷かれており、窓もなく、行灯のような明かりがひとつあるだけの薄暗い部屋だった。

従者たちの話によれば、ここでミオは性的に徹底的に搾取される、ということだった。
『お館様が奉仕を求められたら、それがなんであってもやらねばならない』

奉仕とは、当然性的なそれであり、フェラチオから始まり、全身を舌で愛撫すること、アナルを舐めることなどのことだった。

ーフェラチオとか言われたらどうしよう・・・

そもそも男性経験自体が少ないミオにとって口淫など論外であった。口で性器を愛するなど、想像しただけで嫌悪感が先に立ってしまう。

ーでも・・・やらなければ・・・

やらなければ『制裁がある』と言われている。それは当然、死を意味するのだろう。

閨にたどり着くと、緋紅はそのまま床に仰向けになった。やはり、どこか体の具合が悪そうだ。息が浅く、唇が青い。

「あの・・・大丈夫・・・ですか?」
思わず声をかけたミオをちらりと見ると、はあ、と彼は小さく息をついた。
「口づけを」

ー口づけ・・・キスのこと?

これが奉仕だろうかと思い、仕方なく、身をかがめて、横たわる緋紅の口に自らの唇を重ねた。遠慮がちにしていると、彼の方から舌を挿れてくる。舌が口の中で絡み合い、唾液を飲み込めないまま、彼のそれと自分のものが混ざっていく感じがした。
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