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天狐あやかし秘譚
第74章 比翼之鳥(ひよくのとり)
あの夢がもし、緋紅の意図で見せられたものだとしたら、あいつは間違いなくサディストだ。疱瘡神事件のときに、イタツキに見せた笑みに感じた印象は間違っていなかったのだと思う。

夢の中の出来事だし、現実の身体が穢されたわけではないと頭では理解するのだが、ついガラガラとお湯でうがいをしてしまう。

上書きしてほしい・・・。
ダリの顔を見たときから、ずっとずっと、そう思っていた。

「お待たせ」

髪の毛をタオルで巻き上げ、瀬良さんが予備で持ってきてくれていたジャージに着替える。下着の替えも持ってきてくれていたのは、さすが瀬良さん、といったところだ。お陰でさっぱりできた。

「ああ」
一瞬だけ、ダリの目がふわっと緩んだような気がしたけれども、すぐにいつもの感じに戻った。これが彼なりの照れ隠しである、ということは、最近わかったことだ。

ダリの腕は、今はちゃんと二本ある。あるのだが、あれは、本当に直したわけではなく、幻術のようなもの、なのだそうだ。ちゃんと治すには、それなりの妖力が必要らしい。今、この場で腕があるように見せる理由は、私に心配をかけないようにという配慮に他ならない。こういうところも、彼の優しさだなと思う。

「えっと・・・ダリ・・・?」

声をかけたはいいが、ここで私はちょっと困ってしまった。

本当は、本当の本当は、すぐに、ぎゅっと抱きついて『抱いて』って言いたかった。でも、私は私で、照れてしまっていたのだ。何を今更、と思うかもしれないけれど、そんなふうにがっついていくようなはしたない女、みたいに見られたくない気持ちがどうしても出てきてしまう。

「あ・・・あのさ・・・土御門さんがさ・・・少し休みなって・・・えっと、だから・・・」

だー!だからなんなのよ!
と自分で自分に心の中でツッコミを入れる。

こういうところが、彼氏いない歴≒年齢だった女の悲しい性である。もっと、こう、大人の女だったらいろいろ、いろいろあるだろうが!と思ってしまうが、残念ながら私にはそんな技のストックなど、あろうはずもない。

どう言ったら・・・。
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