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千一夜
第57章 第八夜 island 王道
「サイクル野郎?」
「そうです。サイクル野郎。自慢じゃないけど、全37巻すべてそろっています」
「全37巻……ですか?」
 初めて河田の自慢話を聞いた。
「はい、全37巻です」
「どんな物語なんですか?」
 “サイクル野郎”というタイトルからおおよその想像はつくのだが。
「一言で言うと、主人公丸井輪太郎が自転車で日本一周すると言う物語です」
「……」
 やっぱりだ。
「でも今読むと不思議な感覚に包まれるんですよ」
「不思議な感覚? 今でも読まれるんですか?」
「もちろん。ある意味僕のバイブルみたいな漫画ですから」
「バイブル?」
「だってこの作品の影響で、僕は自転車や旅が好きになったんですから」
「……」
 確かにそうなんだろう。でなければ小雨が降っている中、自転車に乗って会社になんか行かない。
「月に一度読み返します」
「月に一度?」
「そうです、月に一度」
「あの、一つ教えて欲しんですが、不思議な感覚ってどういう意味ですか?」
「この“サイクル野郎”という漫画は1971年から1979年まである漫画週刊誌に連載されていた作品なんです」
「そんなに古いんですか?」
 もしかしたら河田の自転車よりも“サイクル野郎”の方が古いのかもしれない。
「1970年代なんて想像できないですよね。今とは違ってスマホはない。だから情報が欲しいときは人に訊ねるしかない。小腹が空いてもコンビニなんてない。空腹を我慢して自転車に乗り続けると命取りになります。水分補給はこまめにしないと知らず知らずのうちに脱水症状になっているときもある。そんな危険が迫っているとき、コンビニって自転車乗りのオアシスになるんですよ」
「自転車に乗るって命懸けなんですね」
「正しい知識があればそう言う事態に陥ることはありません。ロングライドするときは補給食や水などをきちんと用意しておく。準備を怠らなければある程度危険は避けられます。まぁ、道路には車も走ってますから、そう言うところ気をつけないといけませんが」
「……」
 準備万端でも私は遠慮する。
「読み始めたとき、僕と丸井輪太郎は同い年だったんです」
「高校一年生?」
「そうですね」
「高一で日本一周ですか?」
 夏休みだけで日本一周なんてできるだろうか。
「あっ、主人公は高校受験に失敗してます」
「そうなんですか……」
 つまり漫画の主人公の少年は無職……。
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