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千一夜
第57章 第八夜 island 王道
 どうやって断ろうかと私はずっと悩んでいた。
 例えばこんな感じで。
「急に用ができたんです」
 急に用ができるほど私は多忙な人間ではない。
「親戚の○○が倒れて」
 架空の親戚を作り上げることに罪悪感が芽生えた。そしてその架空の親戚が偶然倒れるなんて、そんな話を河田が信じるはずがない。
 これからも河田には店に来て欲しい。見え透いた嘘は河田にはつきたくない。
 オーナーの聖子ママや加藤に相談することも考えたが、河田との仲を勘ぐられるような気がして私はそれをしなかった。
 当日の朝、部屋のカーテンを開けて外を眺めた。間違いなく今日一日雨の降る確率はゼロだ。天気予報でも関東地方は晴天に恵まれると言っていた。簡単に朝食を済ませて私は店に向かった。夜の衣装ではなく、比較的落ち着いた色の服を選んだ。
 何も持ってこなくていいと言ったが、女は手ぶらで外出はできない。手には小さなトートバックを持った。
 店の前に立って私は河田を待った。腕時計で時間を確認する。七時五十五分。約束の時間まであと五分。
 おそらく河田は車でやってくるだろう。上場企業の役員の車。ストックオプションで十億のお金を持っている男の車。私は河田の車について想像してみた。
 想像した車はすべて外国車だった。
 ベンツ? それともBMW? それともアウディ? ひょっとしたらポルシェ?
 いずれにせよ、外国の車に乗るなんて初めてのことだ。何だかドキドキする。そんなことを考えていたとき、店の前に一台の車が止まった。
 運転席から河田が降りて来た。
「ギリギリ間に合った。運転慣れてないもので焦りました。ナビがなかったら遅れてました」
「……」
 私は河田の車を見て吹き出しそうになった。いや違う、吹き出しそうになったのは勝手に河田の車を想像していた自分に対してだ。
 目の前に止まった車はトヨタのヤリス、そしてナンバーは「わ」ナンバー。つまり河田はレンタカーでやってきたのだ。
「何も持ってこなくていいと言ったのに」
 河田は私のトートバックを見てそう言った。
「河田さん、河田さんは女が手ぶらで歩いているところを見たことあります?」
「うん~ん、ないな」
「ふふふ」
 河田は、私が言ったことを真剣に考えた。もしかしたら河田のこういうところは天然?
「さぁ乗ってください」
 助手席のドアを開けて河田がそう言った。
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