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千一夜
第56章 第八夜 island 二本の電話
「河田さん、口の端にティラミスをつけて美味しそうに食べておられました。だからふと思ったんです。そんなに美味しいのなら、いつもコルネッティイティラミスを注文すればいいのにと」
「ははは」
 電話の向こうで河田が笑った。
「ふふふ」
「実は僕、甘いものが大好きなんですよ。でも朝食からそんなに甘いものを食べるなって言われているんです」
「河田さんの恋人がそうおっしゃるんですか?」
 河田は結婚していない。だが恋人くらいはいるだろう……。私はかまをかけてみた。
「朝から甘い物を食べるなと忠告してくれるのは会社の人間です。悲しいかな僕には恋人はいません」
「……」
 恋人はいない……。河田のその言葉に私はほっとした。
 私にとって河田は夜空に輝いている星と同じだ。どんなに手を伸ばしても星を掴むことはできない。もちろんその星にたどり着くことさえ私には不可能だ。
「それで申し上げにくいのですが、褒美を頂きたいんです」
「はっ?」
 私は河田が何を言っているのかわからなかった。
「丸の内で工藤さんと会っているという事実をしっかり記憶していた僕に褒美をください」
「褒美……ですか?」
 そんなことくらいで、なぜ私が河田に褒美をあげなければならないのか。
「そう、褒美です」
「……」
 私は言葉に詰まった。
「それで、すでに褒美の予約は僕の方でしました。ご安心ください」
「予約? 準備?」
 話が妙な方向に進んでいる。展開が早すぎて私にはついていけない。
「工藤さん、日曜日お休みですよね?」
「はい」
「朝早いんですが、車で工藤さんを迎えに行きます。時間は八時、集合場所はスナック○○の前。いいですよね?」
「すみませんが」
「当日は何も持たないこと。おやつもダメですよ。まぁ服は着ててほしいですが」
「……」
 河田の言った冗談が、私の中で素通りして行った。
「雨天決行です」
「雨天?」
 おやつとか雨天決行とか、まさか遠足?
「これで注意事項は終了です。約束しましたよ。それでは日曜日の朝八時、お迎えに参ります」
「……」
「おっと言い忘れてしまいました。行き先は秘密です。当日を楽しみに待っててください」
「あの、すみませんが」
「それでは日曜日にお会いしましょう」
「えっ?」
 行き先が秘密って、ミステリー列車のつもり? いやいや、そんなことを考えている場合ではない。
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