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千一夜
第56章 第八夜 island 二本の電話
スマホで時間を確認する。小さな画面には二十三時三十五分と表示されていた。最後の客が店を出た時間は……確か二十二時五十分頃。その間私はずっと一人。
接客業の人間は皆こう思っているに違いない。忙しいのは面倒だが、客がいないのも困る。
もしかしたら雨が降り出したのかもしれない。私は店のドアを開けて外を見た。案の定、道路は濡れて、糸のような雨が真っ暗な空から降りていた。
接客業の人間は、こういう時間に降る雨を好きにはなれない(多分)。皆こう思っているはずだ。“タクシーはつかまるだろうか”と。
営業終了時間には少し早いが、私は店をクローズすることにした。
カウンターの中に入って、私はいつも通り営業終了後の作業を始めた。と言ってもあらかた店の中は片付いている。グラスは洗ったし、バーツールも洗浄した。後はレジを閉めて会計作業をするだけ。店内の清掃とトイレ掃除は業者がやることになっている。
「終わった」
誰もいない店の中で私は声を漏らした。そのときだった。店の電話が鳴ったのだ。
「はい、○○でございます」
「河田です」
「河田さん……」
ドキリとした。
「今よろしいですか?」
「はい構いませんよ。今店には私以外誰もいません」
「よかった……あの」
「はい、何でしょう?」
「決して忘れていたわけじゃないんですが……聖子ママの前じゃちょっと恥ずかしかったんで」
「恥ずかしい?」
河田は何を言おうとしているのだろうか。
「僕、工藤さんと丸の内で会ってます」
河田がいきなりそう言った。
「えっ?」
“ひかり”ではなく河田は私を工藤と呼んだ。そして丸の内……、河田は思い出してくれた。
「丸の内の〇〇コーヒーで会ってます。違いますか?」
「ふふふ、正解です」
「よかった。自信があったんですが、もし間違えていたら失礼だから」
「とんでもないです」
「工藤さんも僕のことを覚えていたんですよね?」
「はい」
「どうして僕なんかを覚えていたんですか?」
「店にいらっしゃると、河田さんはいつも決まったメニューをご注文されていました。コーヒーとコルネッティイ。でもある日、コルネッティイが売り切れてしまって、コルネッティイティラミスしかご用意できなかったんです」
「そんなことがありましたか……覚えてないな」
「それで……ふふふ」
「それで?」
接客業の人間は皆こう思っているに違いない。忙しいのは面倒だが、客がいないのも困る。
もしかしたら雨が降り出したのかもしれない。私は店のドアを開けて外を見た。案の定、道路は濡れて、糸のような雨が真っ暗な空から降りていた。
接客業の人間は、こういう時間に降る雨を好きにはなれない(多分)。皆こう思っているはずだ。“タクシーはつかまるだろうか”と。
営業終了時間には少し早いが、私は店をクローズすることにした。
カウンターの中に入って、私はいつも通り営業終了後の作業を始めた。と言ってもあらかた店の中は片付いている。グラスは洗ったし、バーツールも洗浄した。後はレジを閉めて会計作業をするだけ。店内の清掃とトイレ掃除は業者がやることになっている。
「終わった」
誰もいない店の中で私は声を漏らした。そのときだった。店の電話が鳴ったのだ。
「はい、○○でございます」
「河田です」
「河田さん……」
ドキリとした。
「今よろしいですか?」
「はい構いませんよ。今店には私以外誰もいません」
「よかった……あの」
「はい、何でしょう?」
「決して忘れていたわけじゃないんですが……聖子ママの前じゃちょっと恥ずかしかったんで」
「恥ずかしい?」
河田は何を言おうとしているのだろうか。
「僕、工藤さんと丸の内で会ってます」
河田がいきなりそう言った。
「えっ?」
“ひかり”ではなく河田は私を工藤と呼んだ。そして丸の内……、河田は思い出してくれた。
「丸の内の〇〇コーヒーで会ってます。違いますか?」
「ふふふ、正解です」
「よかった。自信があったんですが、もし間違えていたら失礼だから」
「とんでもないです」
「工藤さんも僕のことを覚えていたんですよね?」
「はい」
「どうして僕なんかを覚えていたんですか?」
「店にいらっしゃると、河田さんはいつも決まったメニューをご注文されていました。コーヒーとコルネッティイ。でもある日、コルネッティイが売り切れてしまって、コルネッティイティラミスしかご用意できなかったんです」
「そんなことがありましたか……覚えてないな」
「それで……ふふふ」
「それで?」

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