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千一夜
第56章 第八夜 island 二本の電話
「名刺の話って河田さんにとってはそれこそ“名刺代わり”だったのよ」
「“名刺代わり”?」
「六人の名刺をテーブルの脇にやると、河田さん、抱えていた資料や鞄の中の書類をテーブルに置いたのね。そこで目の前にいるC何とかという肩書の役員たち一人一人に質問していくわけ。ところが」
 加藤はそこで間を取った。
「ところが……」
「一人として河田さんの質問に答えられる人がいなかったのよ」
「一人も?」
「そう、一人としてか河田さんを納得させることができなかった」
「それで河田さんはどうしたんですか?」
「ふふふ」
 加藤が笑った。
「……」
「経済紙のインタビューで現社長はこう言っているわ。河田さんはこう言ったみたい『それでは明日、今日と同じ時間に伺いますので』」
「それで社長たちはどう答えたんですか?」
「『一週間時間をくれ』」
「一週間?」
 一週間ときいて河田はどう反応したのだろうか?
「『この会社に一週間なんて時間の余裕はない。あなた方は自分の担当している分野についてだけ答えられるようにしておけばいい。僕はあなた方に無理なお願いをしているのではない』と」
「年下の河田さんにそんな風に言われると……」
「そう言うことよ。でね、社長は当時を振り返ってこう言っているわ。『無礼なガキ』と」
「無礼なガキ……」
 恥ずかし気に八海山に登ったと言うのは嘘ですと言った河田が、私の脳裏に浮かんだ。
「そして社長はインタビューでこう答えているの『一夜漬けだったけど必死になったよ。学生時代の試験勉強より辛かった』と」
「……」
 試験勉強……ほんの数年前だが、自分もその辛さを味わった。私はそれを超える辛さについて考えない、というか考えたくない。
「翌日の応接室は大変だったようよ。特に監査役は責められたの。社長によると『どうしてそれが理解できないのか、どうしてそれを見過ごしたのか、何のためにあなたは働いているのか』河田さんは特に監査役には容赦しなかったみたい」
「それでも河田さんは採用された?」
「ふふふ」
「違うんですか?」
「0対6」
「それどういう意味ですか?」
「河田さんと委任契約を結ぶのに賛成した人は0。つまり全員が河田さんを会社に迎えることに反対したの」
「どうして?」
「社長がその理由をこう言っているわ『生意気なガキと同じ空気を吸いたくない』と」
「生意気……」
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