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千一夜
第56章 第八夜 island 二本の電話
私はすでに派遣会社の仕事も丸の内のアルバイトも辞めている。この店で週に四日働けば、東京でも女一人なら何とか暮らしていける。それに私は派遣さんと呼ばれるより「ひかりちゃん」と呼ばれる方が嬉しい。
そしてもう一つ。私はこの仕事に向いている……のかもしれない。正直、このお客さんは苦手だなというような人がいないわけではない。名刺代わりに私を口説いてくる客も少なくない(あしらい方もだんだん上手くなってきたと思う)。でも私はこの仕事が嫌いではない。
加藤は私にこう言っていた『スナックは男を勉強するところだ』と。その言葉に間違いはなかった。一年くらいここで働けば、男についての本が書けるだろう(出版の依頼はないだろうが)。
だが問題がないわけではない。それは恋愛だ。スナックで働く私を本気で愛してくれる男は、この先私の前に現れるだろうか。
スナックの仕事は好きだ。でもこんな私でも結婚願望はある。ずっと一人だなんて、それを考えるだけで、気が滅入るし不安にもなる。
オーナーが仕込んでくれた深川めしを見ると、自然と河田の顔が浮かんだ。昨日の今日だ。店のドアが開いても、そこに河田は立っていないだろう。そう思うと何だか寂しい。
おそらく河田にとって、私なんかはスナックで働く一人の女でしかないのだろう。昨日、私はずっと待っていた。いつ河田がその話を私に振るのかを心待ちにしていた。
確かにいつもは店に出ないオーナーが、昨日私の隣にいた。そして八海山の話で場は大いに盛り上がった。私も心の底から笑うことが出来た。それでも私は待っていたのだ。
バックバーから一本一本酒瓶を取って乾いたタオルで拭く。丁寧に拭いた後、それを酒棚に戻す。銘柄をお客の方に向けるのは、スナックやバーでは当たり前のことだ。
そう言えば、河田は昨日も焼酎をショットで頼んだ。
河田は私にこう言った「いい店を見つけた」と。嘘を言っているようには思えなかったが、通うつもりはないのかもしれない。
「はぁ」
ため息が漏れた。そのとき、私のスマホが着信音を鳴らした。
スマホの画面を見ると“加藤さん”と表示されていた。
「はい、工藤です」
「工藤さん、大変よ」
百mを全力で走った後のように、加藤の息は乱れていた。
「はっ?」
「大変なことがわかったの。あの人ね」
電話の向こうで加藤が慌てている。
あの人って……。
そしてもう一つ。私はこの仕事に向いている……のかもしれない。正直、このお客さんは苦手だなというような人がいないわけではない。名刺代わりに私を口説いてくる客も少なくない(あしらい方もだんだん上手くなってきたと思う)。でも私はこの仕事が嫌いではない。
加藤は私にこう言っていた『スナックは男を勉強するところだ』と。その言葉に間違いはなかった。一年くらいここで働けば、男についての本が書けるだろう(出版の依頼はないだろうが)。
だが問題がないわけではない。それは恋愛だ。スナックで働く私を本気で愛してくれる男は、この先私の前に現れるだろうか。
スナックの仕事は好きだ。でもこんな私でも結婚願望はある。ずっと一人だなんて、それを考えるだけで、気が滅入るし不安にもなる。
オーナーが仕込んでくれた深川めしを見ると、自然と河田の顔が浮かんだ。昨日の今日だ。店のドアが開いても、そこに河田は立っていないだろう。そう思うと何だか寂しい。
おそらく河田にとって、私なんかはスナックで働く一人の女でしかないのだろう。昨日、私はずっと待っていた。いつ河田がその話を私に振るのかを心待ちにしていた。
確かにいつもは店に出ないオーナーが、昨日私の隣にいた。そして八海山の話で場は大いに盛り上がった。私も心の底から笑うことが出来た。それでも私は待っていたのだ。
バックバーから一本一本酒瓶を取って乾いたタオルで拭く。丁寧に拭いた後、それを酒棚に戻す。銘柄をお客の方に向けるのは、スナックやバーでは当たり前のことだ。
そう言えば、河田は昨日も焼酎をショットで頼んだ。
河田は私にこう言った「いい店を見つけた」と。嘘を言っているようには思えなかったが、通うつもりはないのかもしれない。
「はぁ」
ため息が漏れた。そのとき、私のスマホが着信音を鳴らした。
スマホの画面を見ると“加藤さん”と表示されていた。
「はい、工藤です」
「工藤さん、大変よ」
百mを全力で走った後のように、加藤の息は乱れていた。
「はっ?」
「大変なことがわかったの。あの人ね」
電話の向こうで加藤が慌てている。
あの人って……。

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