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千一夜
第55章 第八夜 island
「どうかされました?」
「どこかで会っていないかな?」
「はっ?」
「僕は君とどこかで会っているような気がするんだ。あっ、変に思わないでくれ。ナンパしてるわけじゃないから」
「ふふふ」
 客との恋愛はご法度。でもこの男ならナンパされてもいいと思った。
「僕の気のせいか」
「気のせいじゃありませんよ」
「じゃあ、やっぱりどこかで会っているんだ」
「どこだと思います?」
「うん~ん」
 男は唸った。そして男は私の顔を穴が開くほど見ていた。
「どうです?」
「わからない。教えてくれないか?」
「いいですよ。でも条件があります」
「条件? どういう条件だ?」
「写真を私に見せて下さい」
「写真……僕が八海山の頂上から撮った写真?」
「はい」
「そんなんでいいの?」
「私、お客さんが撮った写真を見たいんです」
 違う。確かに写真は見たいが、それ以上に私はもう一度この男に会いたい。
「了解だ。でも僕からも一つ条件がある」
「何ですか?」
「深川めしを食べたい」
「ふふふ、承知しました。必ずご用意します」
「雨は上がったかな?」
 男はそう言って店のドアの方に目をやった。
「タクシーを呼びましょうか?」
 男と別れるのが何だか辛い。帰ってほしくない。だが客商売はそれで務まらない。
「いや、いいよ。酷い雨だ。電話したところで何時間か待たされるだろう」
「濡れますよ」
「構わない。今日はいい日だった。深川めしは美味かったし、君に会えたからね」
「……」
 君に会えた……。男のその言葉で私の胸はドキリとした。
「お勘定を頼む」
「ありがとうございます」
 私は会計表に金額を書いて男に渡した。
 男はそれを受け取ると、ジャケットの内ポケットに手を入れた。取り出したのは名刺入れでなくカードケースだった。
「カードでいいかな?」
「はい」
「いや、確かスナックって現金の方がいいんだよね?」
「カードでも大丈夫ですよ」
「現金で払うよ」
 男はそう言って現金で支払いを済ました。
「ありがとうございます」
「これ、君の交通費」
 私に一万円を渡して男はそう言った。
「頂いていいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
 別れるのが本当に辛い。
「雨、上がったみたいだよ」
 店のドアを開けて外の様子を窺った後、男は私に顔を向けてそう言った。
 男の笑顔に恋の予感がした。


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