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千一夜
第55章 第八夜 island
「これ、ありがとう」
 男はタオルを私に返してそう言った。
「いらっしゃいませ」
 私は男の前におしぼりを置いた。
「温かいおしぼりって何だかいいよね」
 男はおしぼりを取ると、手を拭き始めた。そうしながら男はバックバーを見ている。
 私の勤めているスナックは、確かに席数が十で小さな店だが古ぼけてはいない。オーナーは時代に合わせて何年かに一度内装の工事をしている。だからと言って高級なスナックでもない。それなりに酒は揃えているが、高いスコッチやバーボンは棚にはない。
 男はずっと酒棚を見回している。私は恥ずかしかった。男の好みに合うような酒はここにはない(何となくそう言う気がしたのだ)。もう棚には目を向けないで欲しい。何だか、男に下着の中を探られているような気がした。
「……」
 こんなときに話す言葉を私は探した、でも残念ながら見つからなった。沈黙が続くかと思ったそのとき……。
「あれ、ここで深川めしを食べることが出来るの?」
 男は酒棚の端に貼ってある“限定五食深川めし”という張り紙を見てそう言った。
「用意できますよ」
「君が作るの?」
「いいえ。ご飯を炊くのもあさりを仕込むのもこの店のオーナーです。私はお茶碗にご飯をよそってその上にあさりを乗せるだけ。美味しいですよ。ご飯はオーナーのご主人の故郷から送らてくる魚沼産のコシヒカリを使っています。あさりは豊洲の市場からオーナーが直接仕入れています」
「オーナーのご主人は新潟の人なんだ」
「ええ、でも十年前に亡くなられたと聞いています」
「ごめんごめん、何だか悪いことを聞いちゃったね」
「とんでもない」
「それ、後で頂けるかな?」
「深川めしですね?」
「ああ」
「承知しました」
 男は麦焼酎を一杯目はストレートで二杯目はロックで飲んだ。
「君は東京出身?」
 グラスを持って男が私にそう訊ねた。
「いいえ、○○県の出身です。お客さんはどちらのご出身ですか?」
「生まれも育ちも東京だ。そうそう、高校のとき、この店のオーナーのご主人の故郷に写真を撮りに行ったな。君、八海山を知っている?」
「お酒で有名ですよね?」
「ははは。確かに八海山という銘柄の日本酒はあるけど、僕は八海山に登ったんだ。そして頂上から新潟の写真を撮ったんだ」
「見てみたいな」
 私の本心だ。この男ともう一度会いたい。
「本当に見たい?」
「ええ」
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