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千一夜
第55章 第八夜 island
「消す?」
 私には加藤が言った「消す」という言葉の意味がわからなかった。人間を消しゴムで消すことはできない。
「消すと言う言い方は間違っているかな。消えてもらうと言った方がいいかもしれないわ」
「消えてもらう?」
 消すも消えてもらうも私には同じ意味のような気がした。
「ちょっとお金がかかるけど、もう二度とおかしなやつが目の前に現れないから、お金で済むならありがたいことよ。命の心配もしなくていいだから」
「……」
 お金を払って命を守ってもらえる……のだが、私はそれをそのまま理解することはできなかった。だが、その先を知るのには勇気が必要だ。いやいや勇気の問題ではない。人間、知らない方がいいこともたくさんある。
「私も水商売はここだけだから工藤さんに偉そうなことは言えないけど、この店に来る客はまともな人間が多いと思うわ。まぁ癖のある客がいないわけじゃないけど、我慢することも大事よ。我慢は人間を強くする。不思議なんだけど、そういう癖のある客はチップが多めなのよ。だから源氏名は大事なの。この空間だけは工藤という名前を捨てて別人になる。そうそうこれ大事なことなんだけど、ここでの恋愛は考えないで。稀にタイプの男が来ることがあっても、そういう男は女を獲物としか見ていないから。人を好きになるのは自由だけど、万が一工藤さんが泥沼に落ちたら、私は手を握って引っ張り上げることはできない。よく覚えておいて、恋愛ってストーカーと違って面倒なのよ。消すことが出来ないでしょ? 恋って難しいものなの、特に源氏名で働いているときはね」
「……」
 加藤の言いたいことはよくわかる。スナックの客なんて恋愛の対象にすべきではない。私は通りすがりの女にはなりたくない。
「工藤さんには言っておくけど、実は私結婚しているの」
「えっ!」
 加藤の突然の言葉に私は驚いた。
「意外だった?」
「ご主人は加藤さんがここで働くことを反対されなかったんですか?」
「したわよ。男は嫉妬の塊みたいな生き物よ。でも、私はこの仕事に投資しているの」
「投資?」
「お金を頂いて、私は私と夫の将来に投資しているの」
「……」
 投資ってお金を出す側のことを言うんじゃないだろうか。
「ふふふ、工藤さんの疑問は正解よ。でもね、今を生き抜くことも人間にとっては投資なのよ」
「生き抜く……」
「工藤さん、がんばって」
「はい」
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