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千一夜
第55章 第八夜 island
 本名で働いても構わないが、源氏名はあった方がいいと加藤は私にアドバイスしてくれた。水商売という独特の空間に入り込むとき、本名を捨てた方が楽になる。別人になれと言わないが、濃い目の化粧も派手な服も男の客を惹きつけるためだけのものではない。源氏名で自分を名乗るときの鎧だと加藤が教えてくれた。
 私は加藤に私の源氏名を付けてくれと頼んだ。何だか自分で源氏名を決めるのが恥ずかしかったのだ。
「そうね、麗子ちゃんに相応しい源氏名って何がいいかしら」
 加藤は快く私の頼みを引き受けてくれた。
「……」
 私の本名は工藤麗子。
「……“ひかり”。ねぇ、“ひかり”はどう?」
「“ひかり”……ですか。いいですね、それでお願いします」
 十八時に店が開いてから、二十四時に店が閉まるまで息をつく暇がないくらい大忙しだった。
「ごめんね、初日なのにこんなに忙しくて。こんなに忙しいのなんて私も初めてよ」
「そうなんですか?」
「でも助かったわ。工藤さんがいなかったら今日みたいな日は私でも一人じゃ無理よ」
 客の前では私は“ひかり”だが、客がいなくなると加藤は私を工藤と呼ぶ。
「私なんかでよかったんですか?」
「大助かりよ。お客さんには悪いけど、カウンター席が全部うまると何だか息苦しくなるわ」
「……」
「でもその分チップも多かったけど」
「これ頂いていいんですか?」
「構わないわよ。お客さんはタクシー代のつもりで私たちに渡しているんだから。でも店からタクシー代は出るのよね。工藤さん、そのチップで新しい服でも買いなさい」
「お店の経営はそれで成り立つんですか?」
 カウンター席が十席だけの小さなスナック。私の時給は三千円。
「成り立つも何も、オーナーはこの店だけじゃなくてこのビルのオーナーでもあるの。そう言う心配の必要なんてないわよ。オーナーはこの店を道楽でやっているんじゃない」
「道楽?」
 あの品の良い八十一のおばあさんはスナックを道楽でやっている……。
「酔っぱらって絡んでくる客より、一番厄介なのがストーカー」
「ストーカー?」
「そう。警察に相談したところでストーカーだけはどうにもならない」
「どうしたらいいんですか?」
「……もしそう言うやつらに付きまとわれたら直ぐ私に相談して」
 加藤は少し間を取ってからそう言った。
「どうするんですか?」
「ふふふ、消すわ」
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