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千一夜
第55章 第八夜 island
 少し時間が欲しい。できれば一週間くらい。その後で連絡しても構わないか? という台詞を私は用意していた。ところが加藤の一言が私の心を変えた。
「勉強よ」
「えっ?」
「スナックは男を勉強する場所ということ。女一人でスナックのドアを開けるのには勇気がいるでしょ? だから女の客はほとんど来ない。もちろん女連れの男の客はいるわよ。でもスナックの客は大抵は男。その男たちに酒が入ると隠されていた本性が曝け出されるの。真面目な男に見えても実は変態だったり、変態のように見えても本当は誠実な男だったり。いろいろな男たちの素の姿が確認できるところよ。授業料がいらない勉強、逆にお金が貰える仕事なんてそうそうないわよ。どう? やってみない?」
「私なんかで大丈夫でしょうか?」
 そうは言ったが私の心は決まっていた。
「心配しなくていいわよ。全部私が工藤さんに教えるわ。面倒くさい客のあしらい方もね」
「それではお世話になります」
 翌週の土曜日の夕方、私は加藤が紹介してくれたスナックに向かった。「服装は普段着で構わないけど、一応水商売だからお化粧も服もそういうところ考慮してくれる?」私は加藤のアドバイス通りに化粧は少しだけ濃い目で、服装もいつもよりも派手なものを選んだ。
 その店はカウンター席が十席だけの小さな店だった。カウンターの中で加藤は私を待っていた。カウンターの中にはもう一人いた。その人は店のオーナーだった。オーナーは七十近いおばあさんで、加藤が私を紹介した後、十分ほど当たり障りのない世間話をした。
「加藤さんにすべて任せてあるから、仕事のことでわからないことがあったら加藤さんに訊ねて」オーナーはそう言うと店を後にした。
 品のいいおばあさんだった。七十近くに見えたのだが、加藤の話ではオーナーの実際の年齢は八十一なのだそうだ。この仕事は人を若返らせることができるのかもしれない。
 誰か(アルバイト)が店に出るときはオーナーは店に顔を出さない。今日は顔合わせのためにオーナーは店に寄ったらしい。オーナーに気を使うことなく働けるので私は少し気が楽になった。
 お酒の作り方、そして会計の方法については一時間くらい加藤からレクチャーを受けた。
「今日は初日だから、お客さんとの接し方は私を見て覚えて。私から話題をふるときもあるけど、結局のところ私たちはお客さんの話の聞き役よ」
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