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千一夜
第54章 第七夜 最終章 真空のゆらぎ
「このCDを持ってこられた方って……」
 間違いなく立花京子だ。
「申し訳ございません。お名前を伺うことが出来ませんでした」
「いや、あの……その方はどんな服を着ておられましたか?」
 竹内は私が予想する答えを言うはずだ。
「とても綺麗な紫色のコートを着てらっしゃいました。先ほども申し上げましたが、お歳はお嬢様と同じくらいです」
「……」
 間違いない、立花京子だ。
「それにしても自分の街の市長にCDを渡してくれなんて不思議な人よね。でもいい曲だわ。選曲のセンスが最高。亮ちゃん、この曲のタイトル知ってる?」
「“グッドバイ・イエロー・ブリック・ロード”エルトンジョンの曲だ」
「エルトンジョン?」
「ああ」
「腑に落ちないな」
 咲子の心の声が音になる。
「何が?」
「その人、このCDを亮ちゃんに渡すためにずっと持ち歩いてたの? だってそうじゃない、わざわざ京都まで来なくたって、役所に来て『これを市長に渡して欲しい』と言えば済む話よ。CDと京都、全然結びつかないわ」
「……」
 咲子の疑問は正しい。
「それにまだあるわ。広隆寺には悪いけど、京都観光に来たなら見どころってもっと他にあるんじゃないの? 世界遺産の清水寺とか金閣寺銀閣寺。なのにその人が選んだ場所は広隆寺。そしてその広隆寺で自分の街の市長の車を見つけるなんて、これを偶然ということが出来るかしら」
「京都は清水寺や金閣寺銀閣寺だけじゃないよ。京都を本当に知りたいのなら、一年京都に住んでも足りないかもしれない。それに広隆寺の宝冠弥勒は国宝第一号だ」
「そうなんだ? 知らなかったわ。国宝第一号を見たさに一人旅か」
「いえ、お一人の旅ではなかったと思います」
 竹内がそう言った。
「どういうこと?」
「お連れ様がいらっしゃました」
「男性の?」
「いえ、ご姉妹で旅行を楽しまれてるようでしたが」
「姉妹? どうして姉妹だとわかったの?」
 咲子の質問が続く。
「少し離れたところで待っておられた方のお顔が」
「双子!」
 大きな声を出してしまった。 
 立花京子と江村都子。都子は生きていた。……よかった。
 二人が手を繋いで都大路を歩く姿が目に浮かんだ。彼女たちは何かに別れを告げて、見つけた新しい道を歩んでいる。
 車のフロントガラスに雪が落ちて来た。黄昏の路を歩いている京子と都子も白い雪を見ているかもしれない。
 了
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