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千一夜
第51章 第七夜 マスカレード
 車内の雰囲気を和らげようとして言った私の言葉が、逆に車内の雰囲気を悪くした。何せ今でも実家では私と咲子は一緒に休むことができない。新婚なのに寝室が別々。
 私が咲子に命令などしようものなら、父も母も私を強く叱責する。例えばこんな風に。
「身分をわきまえろ!」
 これは父から言われた。身分……父は時代を知らない。
「お嬢様に何てこと言うの!」
 これは母の言葉。お嬢様……もしかしたら母は、咲子が私の妻であることを知らないのかもしれない。
 だから前原の言葉くらいでは私の心は折れない。
「着きました」
 私は前原の言葉でホッとした。
 私と咲子は二階の応接室に通された。ソファに座っていると、三十代くらいの事務の(おそらく)女性がコーヒーを持って部屋に入ってきた。
「只今、前原が参ります。少々お待ちください」
 事務の女性はそう言うと、私たちに頭を下げて応接室から出て行った。
 三分後、前原がA4版の封筒を持って応接室に入ってきた。
「お待たせしました。ご質問はこの写真に写っている彼女のことですよね?」
 前原は私たちの正面に座ると、封筒から香坂から見せられた同じ写真を取り出して私たちの前に置いた。
 私と咲子はその写真を覗き込む。
「そうです。この写真の端に写っている女性についてお訊ねしたいのです」
「あの。香坂さんにもお話ししたのですが、こういうご時世ですので、たとえ辞めた職員のことでも話せることと話せないことがあります。個人情報というか……。そこのところはご了承ください」
「この女性はもうこちらにはいないのですか?」
 恐らく退職しているだろうとは思っていたが、前原の辞めたと言う言葉に私は落胆した。
「はい、退職しました。今ここでは働いておりません。交流会が終わって一月くらいしてから退職したいと申し出たのです」
「交流会の後で?」
「はい」
「あっ、そうだ。前原さん、これを見ていただけますか?」
 私はM会で撮られた沢田絵里が写っている写真を前原に見せた。
「拝見します」
 前原はそう言って私から写真を受け取ると、写真を顔に近づけた。
「どうでしょう?」
「……」
 驚き? それとも戸惑い? 前原の表情が硬くなるのがわかった。
「その女性の名前は沢田絵里、私の選挙のサポートをしていた人です」
「沢田絵里!そんな……都子さんじゃないんですか?」
 都子……。
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