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千一夜
第51章 第七夜 マスカレード
「こんなにゆっくり走る新幹線初めて。車窓に流れる景色がはっきり見えるわ」
 私と咲子は、盛岡を十三時三十五分に出た新幹線E6系電車に乗っている。グリーン車の窓側には咲子、そして通路側には私が座っている。
 真冬に向かおうとしている東北の空には薄い雲が流れていて太陽の光を遮っていた。ふと思った。確か奈良もこんな感じだったんじゃないかな、と。
「秋田新幹線は盛岡から秋田までは在来線を使うそうだ。だから最高スピードは時速百三十㌔と決められているらしい」
「勉強ができる人って何でも知ってるのね」
 咲子の言葉には皮肉がこもっていた。
「これで調べただけだよ」
 私はそう言ってスマホを咲子に見せた。咲子は目線だけをちらりと私が出したスマホに向けた。何を言っても今の咲子を変えることはできない。
 喧嘩をしているわけではないが、写真の女が私と咲子の間に乗り越えるのが難しい壁を立てた。今私と咲子はその壁の天辺を二人で見ている。
「今更だけど。秋田に来る必要なんかなかったんじゃないの?」
「……」
 咲子の言う通りだ。私には返す言葉がない。
「折角香坂さんのご主人が調べてくれると言ったのに。それに写真に写っている女性が今J〇にいるかいないかもわからないんでしょ? ここまで来て何もわからなかったじゃ、本当に無駄足よ」
 今現在、私は写真の女の情報を一つも持っていない。
「自分で調べたいんだよ。この目で見て、この耳で聞きたい。それで何もなかったら角館で二泊する。香坂が言うように新婚旅行の続きだと思えばいいのさ」
 私は角館のホテルに二泊の予約を入れた。
「ああ神様仏様、どうか私たちに新婚旅行の続きをさせてください」
 咲子は手を合わせてそう言った。
「ははは」
 重苦しい雰囲気だったが、少しだけ私と咲子の間にある厚い壁が薄くなったような気がする。後は二人でこの壁を上りさえすればいい。
「角館もいいけど、このまま秋田に行きたいわ」
「君のことだからきりたんぽ鍋とか稲庭うどんのことでも考えているんだろ?」
「失礼ね。正解だけど、ふふふ」
「すべてが終われば秋田グルメだ」
「賛成」
「ははは」
 十四時二十分、時間通り秋田新幹線こまちは角館の駅に到着した。
 私は二人の着替えを入れたボストンバックを網棚から降ろした。
 この鞄の中に、咲子が面積の小さな下着を入れたのを私は知っている。
 
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