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哀色夜伽草紙
第9章 残酷な私
「美味しい?」

「う、うん美味しい」

にこやかな羽田くんと向かいあって食事をした。

口に運んだのは鰯の生姜煮。ほろほろで骨まで食べられるそれは爽やかな生姜の香りが食べた時に感じられた。

美味しい魚を食べに行こうと言われ、就業後に羽田くんがここへ連れてきてくれたのだ。

「口に合ってよかった!ほらこれも食べて」

「うん、ありがとう」

あんなにもいつもは無表情なのに、今は目がキラキラして、更にはとても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

食べ終わると、店を出て歩道を駅まで歩く道で手を握られて、彼は優しい笑顔で私を見てくるから胸が痛かった。

「ねぇ琴莉さん」

「うん?」

「週末はデートしようよ、一緒に水族館行かない?」

「水族館……?」

始まり方があんな感じだったので、健全な場所への誘いに戸惑っていると羽田くんがはぁと息を吐き出した。

「琴莉さんはアイツ以外の男を知らない」

そのとおり、他の男の人と付き合ったこともない。

「だから普通の恋愛しようよ」

「普通?」

「オレと出逢ってお互いを知って好きになって、愛されればいいんだ」

「それが普通?」

「そう、それが恋愛だよ琴莉さん。アイツが貴女に現実を見せないように囲っていただけだ」

恋愛に関する与えられた全ては壱くんからで、他の人に何も興味がなかった。
だから普通が何かもわからない。

不安に思っていると羽田くんが私の身体をそっと引き寄せて背中に手を回し優しく抱き締めてきた。

「これからはオレが与えるから、堕ちておいで?」

「……」

「琴莉……好きだ……」

誘う声があまりにも魅力的で、簡単に抗うことは出来なくて、先程からの真っ直ぐな視線や真摯な声に胸が痛かった。

(壱くん……)

羽田くんの温もりに不埒にも壱くんの事を恋しく思ってしまった。

けれど戻れないのが分かるから、羽田くんの背中に手を添えた。

(酷い女だ……)

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