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哀色夜伽草紙
第9章 残酷な私
翌朝出社すると井坂課長はおらず、珍しく羽田くんが既にいた。

「おはよう」

「おはようございます琴莉さん」

声を掛けるといつもの無表情ではなく、とても嬉しそうに目を細めて笑ったからびっくりしてしまう。

「いい事でもあったの?」

「ありましたよ、彼女が出来たから」

「え……」

まさか、このタイミングで?昨日まで私に好きだなんて言っていたのに?

羽田くんの告白を受け入れる気もなかったくせに、利用しようとした途端覆されたからといって、そんな事を思ってしまった自分勝手さに嫌気が差した。

「そう、おめでとう」

何だかモヤモヤして顔も見ずにそう言ってから席に座るとキュッと音がしてから羽田くんがピタリと椅子をくっつけてきて耳許で囁いた。

「ありがとう嬉しかったよ」

「え?」

驚いて顔を見るとすぐ近くにガラス玉のように澄んだ羽田くんの瞳に胸が跳ねた。

「長谷川に聞かれた。本気なのかって。だから本気だって答えた……琴莉さんがオレを受け入れてくれて嬉しい」

「何?」

何の事だろうと思っていると

「オレを選んでくれた事だよ」

と笑顔で頭を撫でられた。

「壱くんが…?」

「連絡してきたよ昨日の夜、井坂課長経由で……びっくりしたけど、そういう事ならオレも嬉しいし」

やはりすぐに裏を取りに行ったのか。
壱くんらしいと言えばそうだけれど。ふと羽田くんをみつめてしまう。

「私を……受け入れるの?」

貴方を拒否してきたのに?壱くんにずっと抱かれていたのに?

「受け入れるのはそっちでしょ。オレは初めから貴女が好きなんだから」


「私なんか」

「なんかって言うなよ。自信持ったら?んーでも、オレの傍できっと貴女は変わるから大丈夫か」

羽田くんが妙に可愛らしい表情で笑った。あんなにも無表情だった彼はどこへ行ったのだろう。

「でも」

「ふふ、とにかくあとは帰りに話そう。仕事始まるから」

もっと聞きたいことも言いたいこともあったけれど、始業時間が近くなってきたので人も増えてくるだろう。


「うん……」

渋々納得して頷くと、仕事の準備に取り掛かった。

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