この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
哀色夜伽草紙
第5章 狂った時計

「父さんには黙っているから、もうオレと琴莉に構わないでくれ」
「壱くん、もうやめて……」
みるみる青くなっていく伯母さんに畳み掛ける壱くんの腕を引いた。
(これ以上はダメ、伯母を壊しちゃう)
「ち、違うの壱……あのね……」
オロオロとしながら何かを訴えようとしている伯母に壱くんが髪を振り乱すように頭を振って、強く言い放つ。
「聞きたくない!」
壱くんが声を荒らげるなんて珍しくて、私も伯母も思わず硬直してしまった。
「壱……」
少し下を向いて息を吐き出した壱くんは拳を握りしめた。何かに耐えるように。そして震える声で
「じゃあ、さよなら母さん」
囁くように声を出すと、そのまま壱くんは伯母に背を向けて駐車場へ歩き出すから、私は立ち尽くす伯母に頭を下げてから壱くんを追いかけた。
「待って壱くん!」
速足で歩く壱くんの背中を追いかけて必死で腕にしがみつくと彼の身体が小刻みに震えているように感じた。
「寒いの?」
分かっている。
今は夏の終わりで暑いくらいだから、身体が寒いわけではないのは分かっている。
けれど聞かずにはいられなかった。
「寒いよ、琴莉……あっためて」
小さく呟いた壱くんが私を背中から正面に抱き締めた。
壱くんの腕の中、いつもなら温かい腕の中……今はとても冷たい。
だから彼を暖めたくて必死に背中に手を回した。
「お家に帰ろう、ね、壱くん、帰ろう」
「……ん、帰ろう」
捨てられた猫同士のように身体を寄せ合いながら、壱くんも離れたくないと願ってくれていたのだろうか
今となってはもう分からない

