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わたしの肢体
第2章 秋芳 善(15)
 善は父親に更に尋ねた。


「なんでその人は父ちゃんに俺らをとられて、黙って諦めたの。おかしいじゃん」


 父親はまっすぐ前を見つめていた。
 紺色の夜空にフーッと吐き出される、白い煙。


「自分じゃお前らを幸せに出来ないって、わかってたからじゃないか。とーちゃんにもそんなことわかんねぇよ」



 真っ直ぐに生えた眉の下で、一重瞼がゆっくりと瞬きを繰り返していた。
 善は泣き出したい気分だった。
 父親が考えに考えた結果、自分に真実を話そうと決断してくれた結果だと分かっていたから・・・親子だから、父親の気持ちがよく分かっていたから、だから余計に善は救われない気持ちだった。
 だからこそ、行き場のない感情の矛先を摩り替えたのだ。
 母親を責めるという形で。


「とーちゃんってアホなの。俺だったらそんな二股かけるよーな、バイタみたいな女、ぜったい好きにならない」
「バイタだって!善、お前、どこでそんな言葉覚えたんだ」


 必死で涙を堪える善の顔を、父親は驚いた顔で見下ろしていた。
 善は震える声で続けた。



「もしまだその男とかーちゃんが続いてたらとか、考えないの」



 堪えきれない涙がひとつぶ、アスファルトに落ちた。
 視界に巻き毛が滲んで見えた。
 父親のものでも、母親のものでもない鳶色の巻き毛が。



「善、泣くなよ」
「黙って」
「善」
「かーちゃん何考えてんのか意味わかんない」
「あのな、善」
「とーちゃんだって、かーちゃんなんかと離婚して、俺もどっか施設とかに入れたらいいじゃん。まじ意味わかんない」
「善、聞けよ」
「まじ無理、なんで俺はそんなふーにできて、なんでこんなふーに生きてんの。意味わかんない」
「黙って聞けよ、善。お前が会いたかったら、お前のホントの父親な、お前に会ってもいいって言ってんだよ」




 顔を上げ、真っ直ぐに父親を見上げた。
 父親もまた善を真っ直ぐに見下ろし、言った。




「善、よく考えときな」




 あれから2年以上経つ。
 けれど、善は父親に返事をしていない。
 あのあとすぐ、母親が白を妊娠したからだ。





 
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