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わたしの肢体
第2章 秋芳 善(15)
 母親は焦った顔を善に向ける。
 33歳には見えない、童顔で垂れ目の女らしい顔だ。
 艶やかな長い黒髪が華奢な肩の上でぐちゃぐちゃに乱れている。

 透き通るように肌の白い母親の顔を見ないようにして、善は黙ったまま指示通りキッチンカウンターの上に丸めておいてあったタオルを放り投げた。



「ありがと、助かった!」



 母親の明るい声を背中で聞きながら、善はリビングを出て階段を駆け上がった。

 2階の自室に飛び込んだとき、善の額には汗が浮かんでいた。
 リビングで見た母親のまっしろい乳房が脳裏に焼き付いて離れなかった。



 乳首から迸っていた母乳。
 うすい肌色の、乳房の大きさと比例した大きい乳輪。

 

 あれを白は吸って、あの液体を飲んで、白は、日に日にでかくなってる。


 
 善は額の汗を手の甲で拭いながら、ぐちゃぐちゃに散らかった学習机の上に皿を置いた。


 部活の疲れがドッと善の全身に押し寄せ、善は倒れるようにしてベッドの上に寝転んだ。
 尻を浮かせて泥だらけの短パンを床に脱ぎ捨て、同じように汗と泥で汚れたTシャツと下着でベッドの上を左右に転がる。


 1階からは未だに白の泣き声が響いてくる。


 善はベッドから足を伸ばし、学習机の上に置いた大学いもの皿を衝動的に蹴った。
 ガランと音を立てて白い皿が割れ、鋭利な破片が傷だらけの無垢材のフローリングの上に砂糖まみれの芋と共に散らばる。
 


 自動的に耳の中に入ってくる末弟の泣き声を聴いているうちに、言葉にならない苛立ちが胸の中で渦巻いていることに善は気付かざるを得なかった。

 正確にはそれは、額に垂れた金色に脱色した地毛の巻き髪と同じように強い渦を巻き、物心ついたときから善の胸の中を支配していた。




 ―――お母さんは汚い。
 お父さん以外の男に抱かれたお母さんは汚い。
 汚いお母さんから生まれた俺は、汚いお母さんの汚いあの液体を飲んででかくなった俺は。



 もっと、汚い。
 お父さんの子じゃない俺は。
 お母さんの腹から生まれてきた俺は。
 もっと。もっと。



「ただいまぁ」



 どれくらい、苛立ちを抑えていたのだろう。
 1階から聞こえてきた低い声を耳にして反射的にベッドから起き上がると、窓の外はとっぷり日が暮れていた。
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