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いつ見きとてか 恋しかるらむ
第2章 『 シフォンケーキ 』

今日の海は……凪いでいた。
わたしが来るときは、たいてい、電車から見える樹木が大きく揺れていた。
風が強いことが、見てとれた。
だけど、今日は樹木は穏やかだった。
電車のガタゴト揺れる音しか聞こえないけれど、もしこの音がなければ、カサカサと葉っぱたちが擦れるが聞こえるだろうと思った。
海は、同じ色の時がない。
この間訪れた時は、鈍色の海原がずっと遠く水平線まで続いていた。
白波が高く上がっていて、これからどんどんと荒れていく予感がした。
何もかもを受けつけることはない……冷たさを感じた。
その冷たさは、心を明るい気分にはしなかったけれど、なぜか、心を落ち着かせた。
自然のありのままを感じたからだろう。
今日は、あの日の海とはまるで違う。
水面の青は、一色の青ではなかった。
青に紺碧、水色、天色、瑠璃色……降り注ぐ光の反射が様々な青色を作り出し、混じりあっていた。
目が離せない。
こんなに美しいものなのだろうか。
自分が現実に見ているのに、この景色は本物かと疑ってしまう。
空色には白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいて、わたしの心を同じように清々しくさせる。
自然の美しさに圧倒した。
わたしは、自分の存在がとても小さなものに思えた。
たった数分、車窓から見えた景色は、わたしの心をつかまえた。
……やっぱり来てよかった。
この海が見れただけでも、来たかいがあったと思う。
瞬間、わたしの心は、からっぽだった。
柊真のことも、晩ごはんのことも、Sachiさんのことも、燃えないゴミの日のことも……なにもかもわたしの中から消えていた。

