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助教 沙霧
第8章 仮面の日常(2)
  『恋わびて あはれとばかり うち嘆く ことよりほかの 慰めぞなき』
 ――この恋しい気持ちはを伝えるすべもなく、もはや一人嘆くことだけが心の慰めなのです――

「……ここでは『ことよりほかの』という言葉が重要です。単なる『歎き』ではなく、恋が成就する見込みもそれにむけての手立てもなく、ただ嘆くことだけが残された唯一の慰めなのですという悲痛なまでの心情が、千年の時を超えて現代の私たちの心に訴えかけてきます」

 沙霧は、学生たちに解説しながら、自分の言葉が自分自身を抉るのを感じた。

(誉さん。。。 あなたは私のこの「他に慰める手立てのない歎き」を、すでに見抜いているのですね。。。 私がどんなに冷徹な顔をして翻刻を説いても、私の内側で、想いという名の熱い毒が全身に回り、衰え果てようとしていることを。。。)

 演習が終わると、一人の学生が遠慮がちに近づいてきた。

「瀬川先輩、あの……先輩の解説、いつも以上に凄みがあって、圧倒されました。まるで、歌人の苦しみを先輩自身が体験しているみたいで」

 純粋な賞賛。しかし沙霧にとって、それは鋭いナイフでの告発に等しかった。

「……考えすぎよ。学問は客観的な分析がすべて。主観を混ぜてはいけないわ」

 沙霧は、突き放すように言って背を向けた。
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