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第2章 わたくしのこと

　両親は私が結婚すると、これからはのんびり余生を過ごしたいと言って瀬戸内海に面した穏やかな気候の小さな都市に移り住んでしまいました。
　結婚して１年後に長女を生んだ後、一度顔を見に来ただけで、それからは向こうから来ることも連絡がくることもありません。医師と看護師の経験を生かして地元に馴染んで暮らしているようです。

　婚約のことは大学生になるまで公にせず秘密でした。それでも高校１年生で婚約者ができてしまった私が恋をすることは許されなくなり、恋愛経験も社会人経験もほとんどないまま専業主婦になりました。
　高校生のときは自分のお小遣いくらいは自分で稼ごうとハンバーガー屋さんでアルバイトをしていましたし、大学生のときはカフェでアルバイトをしていました。結婚するまで働いた経験はそれだけです。

　夫は経営学部を卒業し私と結婚するとすぐに大きな取引のある医療機器メーカーに修行に出され、２年経つと呼び戻され役員として病院経営に携わり始めました。その間に娘を授かりましたが夫との仲が冷めたのはあの頃からでした。妊娠出産後のレスと浮気・不倫。よくある話でしょうか。

　学生の頃の夫は成績は今ひとつでしたが明るい性格でルックスが良く筋肉質の身体でサッカー部の主力でした。バレンタインデーにはチョコをたくさんもらっていたし、実際何人もの女の子から告白されていたようです。

　中学時代には彼女がいたようですが詳しくは知りません。地味な性格でぽっちゃり気味な体型の当時の私にとっては雲の上の存在でしたから。そんな私を好きになってくれる男子なんていない、いても同級生より大きい胸目当てのイヤらしい男子しかいないと思い込んでいました。

　それでも中３の夏休み前、終業式の日に勇気を出して告白してくれた男子が一人だけいました。中学受験で入学してきた外部生。私と同じような地味な生徒で３年間ずっと同じクラスでした。

　最初は距離を感じていましたが地元の図書館に小説を返却にいくと小説を借りにきた彼とカウンターでばったり会って、お互いに小説が好きなことから仲良くなりました。
　読んだ本の感想をＳＮＳで話したり、試験前になると勉強ができる彼に教えてもらったり、気がつけば一番よく話す男子になっていました。私が文学部に進学したのも彼に影響されたからです。