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いまやめないで このままでいて
第7章 第7話 もう離れない 離さないから
まだ時間が早いせいか、広い浴場にほかの客はいなかった。
(おにいちゃんはどう思っているんだろう…)
勢いで来てしまったが、このあとどうしようかと沙耶は湯舟に浸かりながら窓の外の山並みを眺めていた。
これまで2人の男との経験があったが、そのどちらも美樹也を忘れさせてくれるような相手ではなく短い関係で終わっていた。
“あたし、おにいちゃんと結婚するの!”
小学校の3年生のときに、母親に言ったことを沙耶は今でもはっきりと覚えている。
それが子供の頃の思いつきだけではなかったことが、思春期になってからよくわかった。
だから誰かと付き合っても常に美樹也と比べてしまうのだった。
(今日こそちゃんと言おう)
そう心に決めた沙耶は、のぼせそうになった湯舟から勢いよく上がった。
「え? 待っててくれたの?」
大浴場の手前にある湯上り処に浴衣姿で新聞を広げている美樹也を見つけて沙耶が声をかけた。
昔、学校帰りにも何食わぬ顔をしながら校門脇の小さな空き地で彼は待っていてくれ、“みっちゃんは沙耶の保護者だもんね”、と沙耶の母親がよく言っていたことを沙耶は思い出していた。
「アイス食べる?」
美樹也の問いかけに沙耶は大きくうなずいたかと思うと、彼より先にアイスケースに顔を運んでいた。
思いもよらず、沙耶と温泉にひとつの部屋で泊まることになった美樹也はまだ気持ちが揺れていた。
幼い頃から10年以上ほとんど実の妹のようにして接してきた沙耶が、ひとりの艶やかな女として突如現れ、眼の前で今、アイスケースを覗き込んでいる後ろ姿の腰は、もはやずっと記憶の中のイメージにあった短いスカートを翻してまとわりついてくる彼女のそれではなかった。
時々交わしていたメールの文面は大人だったが、長い間会ったことも電話で会話したこともなかったから、頭の中は昔の小学生のままだったのだ。
「おまえ、昔と一緒だなぁ…」
歯型の着いたままのソフトクリームの交換をねだられた美樹也が、思わずそう口にして沙耶に自分の食べかけを差し出すと眉をひそめながら笑っているのを、配膳盆を抱えた仲居が横目で眺めながら通り過ぎて行った。

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