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いまやめないで このままでいて
第7章 第7話 もう離れない 離さないから
「教えてくれればよかったのに」
「ごめん、飛行機がなかなか取れなくて」
キャンセル待ちで直前に確保できたから今朝日本に帰ってくることができた、と謝る美樹也に沙耶は少しだけ拗ねた笑顔を返した。
寺の仮設の休憩所で涼みながら冷えたお茶を前にしてひと息ついていた。
「いつまでいられるの?」
「来週帰るよ」
1週間だけ休みを取ったという美樹也の応えに沙耶は、今度は失望の色を隠さなかった。
「もっといればいいのに」
「向こうはお盆なんてないからね」
父親と同じ道を歩んだ彼が今いるのはインドネシアのジャカルタで、着任して2年になることも知っていた沙耶は、会いに行こうと思ったことも何度かあったが、結局実行には移せずにいたのだ。
スーツケースは駅に預けてきたと言う美樹也は、1週間の滞在先を訊ねられて都心のホテルの名を彼女に告げると、いまさらのようにLINEを交換した。
「会いに行ってもいい?」
「いいよ、もちろん」
美樹也にそう応えられて、沙耶の顔がぱっと明るくなった。
地元の町から少し離れた役所に勤めている彼女は、交代で取る夏休みを次の週にして実家へ帰る予定だったので、ちょうど3日間は会える機会があると頭の中ですぐに計算した。
「一緒にどこか行かない?」
沙耶はそう言ってしまってから、思わず付け加えた。
「あ、日帰りよ」
「もちろんだけど、どこへ? 泊りでもいいよ」
美樹也は、なんでもない顔で応えると思い出したように言った。
「せっかくだから帰る前に温泉行こうと思ってたんだけど」
「どこの?」
「この辺、温泉だらけだし、お盆明けなら空いてるかなと思って」
かつてふたりがいた秩父の麓の町から北には至るところに温泉があって、名の知られていない名湯も多かった。
「今日帰ったら探そうと思ってたんだ」
美樹也がそう言うのを聞いて、沙耶が身を乗り出した。
「あたしも連れて行って!」
「いいけど、泊りだよ」
「うん、おにいちゃんと泊まる!」
隣にいた喪服姿の中年の女が思わず向けた沙耶の顔が輝くのを、美樹也があきれたように見つめていた。

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