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家は檻。〜実父の異常な愛〜
第5章 初花
教室は朝の光に満たされていた。
窓際の席に座るこよみは、ランドセルから連絡帳を取り出しながら、ゆっくりと筆箱のファスナーを開いた。鉛筆を一本取り出すだけの動作に、やけに時間がかかる。

目の奥が重たい。眠れていないわけじゃないのに、胸の奥がずっとざわざわしている。

「……こよみちゃん」

隣の席から、佳乃の声がそっと届いた。声のトーンも、目線の柔らかさも、いつもと同じ。でも、こよみの中で何かが、少しだけ痛んだ。

「昨日は……ありがとう」

そう言うと、佳乃はにっこりと笑った。そして、声を潜めるようにして、こう言った。

「つらかったら、無理しなくていいからね」

こよみは視線を落とし、小さく頷いた。
けれど、そんな穏やかな時間は、長くは続かなかった。

「おーい、山下〜、聞いたか?」

後ろの席で、岡田がわざとらしくひそひそ声を響かせる。

「何が?」

「月島、生理だってよ〜。昨日、プールで血ぃ出てたってさ。こえー!」

「あー、それな〜。俺も見た。なんか、足のとこ赤くなっててさ。マジで血の海だったって!」

男子たちの声が、こよみの背中に突き刺さる。あまりにも無神経で、あまりにも子どもじみた冷たさ。
教室の空気が一瞬、凍った。
こよみは何も言えなかった。肩が震えるのを、どうにか堪えることしかできなかった。

「……やめろよ」

その声は、司馬だった。ふだんは明るい彼の口から出た、低くて抑えた一言。
けれど、岡田たちはひるまなかった。

「なんだよ、司馬。マジで見たんだってば!」
「そーそー、女子ってこえーな。血まみれで泳ぐとか……」

バンッ――
「ちょっと!!男子!!!」

教室に響いた大きな声。馬場だった。机を叩いたその勢いに、岡田も山下も一瞬口を閉ざした。

「マジ最低!女子が困ってるのに、からかって楽しいの?ほんっと、ありえないから!」

怒りを込めてまっすぐに言い切る馬場の姿に、教室はしんと静まりかえった。
こよみは、それでもまだ、俯いたまま動けずにいた。視界に映る自分の手が、細く、冷たく感じられた。

誰かが守ってくれるという安心と、守ってもらわなければ立っていられないという無力さ。両方がいっぺんに押し寄せて、胸の奥に重く沈んでいく。

目の前の世界は、昨日とは少しだけ違って見えた。
でもそれは、こよみの中が変わってしまったからかもしれなかった。
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