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家は檻。〜実父の異常な愛〜
第5章 初花
夕食の支度を終え、自室に戻ったこよみは、ドアノブに手をかけて静かに扉を開けた。

一歩足を踏み入れた瞬間、空気がいつもと違っていた。見た目は変わらないのに、自分の部屋なのに、何かが“ずれている”。そんな感覚が背筋を撫でて通り抜けていった。

ランドセルを机の横に置き、何気なくゴミ箱に視線を落とす。そこに、白く丸められたティッシュが一つ――静かに横たわっていた。
朝、掃除のついでにすっかり空にしたはずだった。それを覚えていたからこそ、余計に、その存在が際立った。

ゴミ箱に触れることはできなかった。ただ、視界に映るそれを前に、背中にひやりとしたものが這い上がってくる。

クローゼットを開ける。
引き出しの奥にしまったはずの下着が、一枚だけ雑に畳まれたまま突っ込まれていた。整えられたはずの布の流れが、明らかに乱れている。

普段のこよみは、もっと丁寧に畳む。そんな粗雑な扱いはしない。
それなのに、その違和感を目にした瞬間、何かが崩れたように思えた。

口に出すこともできない、けれど明確に“誰かが入った”という確信だけが、部屋の隅にじっと潜んでいた。

お父様だろうか。いや、それとも……別の誰か――。

脳裏を掠めた疑念が胸の奥に沈んでいく。
それに呼応するように、下腹部に重たい痛みがにぶく広がった。

じんわりと広がっていくその痛みに合わせて、意識がゆっくりと沈んでいく。
部屋の色が褪せていくような気がした。世界が、音を立てずに遠ざかっていく。

何が変わったのかは、はっきりとは言えない。けれど、もう、もとの“日常”には戻れない。
そんな予感だけが、足元をゆっくりと浸していった。

こよみは無言のままベッドに腰を下ろし、そのまま、布団の上に横たわった。
何も考えたくなかった。目を閉じても、心臓の音だけが妙に大きく響いてくる。

顔を枕に押しつけ、唇をぎゅっと噛んだ。
涙が、ひとしずく、こめかみを伝った。
それでも、声を出すことだけは、どうしてもできなかった。

枕に沈んだ頬が熱い。
押し殺した嗚咽が、胸の奥で小さく震え続けていた。
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