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家は檻。〜実父の異常な愛〜
第5章 初花
教室の空気は、午前中の授業が終わったばかりのざわめきに満ちていた。
黒板の文字はすでに半分ほど消され、担任の足音が廊下の奥に遠ざかる。

こよみは教室の隅で鞄に手を伸ばしながら、隣の席の佳乃に小さく声をかけた。
「……あのね、ちょっとだけ、話したいことがあるの」

佳乃は顔を向けて、ふわりと微笑んだ。
「うん、いいよ」

いつものように、二人は窓際の机に並んで座った。刺繍道具を広げ、糸を針に通す動作に自然と指先が馴染んでいく。

外では、蝉の声が遠く響いていた。

糸をひと目刺してから、こよみは唇を少し噛んだ。
それから、糸巻きの陰に視線を落としたまま、ゆっくりと、そして小さく切り出す。

「……わたし、最近……ちょっとだけ、胸がね……」

佳乃の手が止まり、やわらかく目を細めた。驚いたような顔はしない。ただ、相手の言葉を待つように、そっと黙ってくれる。

「前はぺたんこだったのに……最近、服の上からでもちょっと……、なんか……」
「……当たる、感じするよね」

佳乃の声は落ち着いていて、迷いがなかった。

「私もそうだったよ。四年生の終わりくらいかな。痛いときもあったし、服でこすれるのが嫌で……」
「うん……、わたしも……ちょっと痛いの。チクチクってするような……」

こよみの声は少し震えていた。けれど、佳乃の頷きがそれを静かに包む。

「ブラのことも……、一緒に考えよ。サイズのこととか、わかんないよね」
「……うん」

話してよかった、とこよみは思った。胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ、溶けていく気がした。

そのとき、後ろから元気な声が跳ねてきた。

「おーい月島ー! なに縫ってんの?」

司馬だった。両手を後ろで組みながら、机の上を覗き込んでくる。

「こら司馬くん、急に覗き込まない!」
佳乃が苦笑しながらたしなめると、司馬は「へへ、ごめんって!」と悪びれもせず笑った。

「俺、刺繍はムリだけどさ、そういうの好きな子って手先器用でいいよなー」

その一言に、こよみは一瞬きょとんとした。
照れているわけでもなく、からかうでもなく、ただ自然にそう言ったようだった。
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