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大きなクリの木の下で
第13章 刑事 真垣幸太郎

「この部屋ね…」

静香は、渡されたアドレスのメモに書かれている部屋番号のドアの前に立ち、脇の呼び鈴のボタンを押した。

間髪入れずに「は~い!」と返事があってドアが勢いよく開かれた。

お休みの日だからラフな格好を予想していたけれど、
出迎えてくれた真垣はビシッとスーツを着こんで頭髪のスタイルもバッチリだった。

「これはこれは、雨宮さん!どうしてここに?」

静香が訪ねてくることは前もって電話で、あの老刑事が教えていたのだと思う。
おまけに受け答えもレクチャーを受けたのか
下手くそな役者がセリフを棒読みしているかのようだった。

「これ…お返しに来ました」

そう言ってクリーニング済みのジャケットを紙袋のまま手渡した。

「いやぁ、こんなのはすぐじゃなくても良かったのに
おや!クリーニングまでしてくれているじゃないですか!」

下手な三文芝居だこと…
静香は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。

「こんな立ち話も何ですから、良かったら部屋に上がりませんか?」

男の一人部屋なんてむさ苦しいと思っていたが、
通された部屋は割りと小綺麗に片付けられていた。

「どうぞ、そこにお掛けになってください
今すぐコーヒーを淹れますので」

よく短時間でここまでのセリフを覚えたものねと
呆れたのを通り越して感心してしまう。

「その前に…お手洗いをお借りできますか?」

「へっ?お手洗い?…お手洗いはこっちのドアですけど…」

もしかしてお手洗いを拝借するところまで想定していなかったのか、初めて彼は棒読みではなく、自分の言葉で話し始めた。

「ありがとう、お借りするわね」

そう言って静香がトイレのドアに手をかけた瞬間、
「あっ!!ダメ!トイレはヤバい!!」と慌てた。
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