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千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
壇上で何を言ったのか私は覚えていない。
お笑い芸人ではないから笑いなんて取れない。一流政治家(世の中にそういう政治家がどれだけいるのかわからないが)のように気の利いた話など私にはできない。少なくとも自分の名前くらいは言っただろう。
情けないが、咲子がいなければ私は五十前の冴えないおっさんだ。そんなおっさんの話はつまらない(多分)。しかし咲子が私の隣に立っているだけで、そんな冴えないおっさんの話に耳を傾けてくれる人はいる。
そして、ここにいるM会のすべての人間がこう思っているに違いない。
「お前が市長になれるのは、隣にいる遠山のお嬢様のおかげだ」
と。
悲しいことだが、これは私が受け止めなくてはならない現実だ。私はこの現実と生涯向き合っていかなければならない。そんなことは今に始まったことではない。咲子と付き合い始めたときに私はこの厄介な運命を背負った。
壇上から降りて私が咲子の元に戻ったとき、私は無性にに腹が立った(自分で言うことではないが、私は自分のことを温厚な人間だと思っている)。咲子が沢田絵里と並んで笑っていたのだ。
「恥をかかされたんだ、笑うことはないだろ」
私は強い口調でそう言った。
「ごめんなさい」
そう謝った後も、咲子は笑っていた。
「沢田さん、こういうことは事前に伝えておいて欲しい」
企んだのは間違いなく沢田絵里だ。
「ふふふ、すみませんでした。でも長谷川さん、あなたはこれから政治家になるんです。挨拶を振られたくらいで自分を見失うようでは市民を守ることなんかできませんよ」
「……」
言葉がない。沢田絵里の言う通りだ。
沢田絵里の仕事は完璧だった。政治家になる私の背中を押しながら階段を一段一段上っていき、中央にも太いパイプを持っていると言う印象を周囲に認識させる。スポットライトが他の候補に向かないように徹底的に注目を集める。見事だった。隙が一つもない。戦国時代なら最高の軍師になれただろう。
だからというわけではないが、私も咲子も沢田絵里に対する警戒心のようなものが薄らいでいった。
沢田絵里がどこの大学を出て、どんな仕事をしてきたのかなんて、そんなことはどうでもよくなってきた。仕事のできる人間は過去すらも消すことが出来る……はずだったが。
翌日、私と咲子は旅先の奈良で沢田絵里の正体を知ることになった。
お笑い芸人ではないから笑いなんて取れない。一流政治家(世の中にそういう政治家がどれだけいるのかわからないが)のように気の利いた話など私にはできない。少なくとも自分の名前くらいは言っただろう。
情けないが、咲子がいなければ私は五十前の冴えないおっさんだ。そんなおっさんの話はつまらない(多分)。しかし咲子が私の隣に立っているだけで、そんな冴えないおっさんの話に耳を傾けてくれる人はいる。
そして、ここにいるM会のすべての人間がこう思っているに違いない。
「お前が市長になれるのは、隣にいる遠山のお嬢様のおかげだ」
と。
悲しいことだが、これは私が受け止めなくてはならない現実だ。私はこの現実と生涯向き合っていかなければならない。そんなことは今に始まったことではない。咲子と付き合い始めたときに私はこの厄介な運命を背負った。
壇上から降りて私が咲子の元に戻ったとき、私は無性にに腹が立った(自分で言うことではないが、私は自分のことを温厚な人間だと思っている)。咲子が沢田絵里と並んで笑っていたのだ。
「恥をかかされたんだ、笑うことはないだろ」
私は強い口調でそう言った。
「ごめんなさい」
そう謝った後も、咲子は笑っていた。
「沢田さん、こういうことは事前に伝えておいて欲しい」
企んだのは間違いなく沢田絵里だ。
「ふふふ、すみませんでした。でも長谷川さん、あなたはこれから政治家になるんです。挨拶を振られたくらいで自分を見失うようでは市民を守ることなんかできませんよ」
「……」
言葉がない。沢田絵里の言う通りだ。
沢田絵里の仕事は完璧だった。政治家になる私の背中を押しながら階段を一段一段上っていき、中央にも太いパイプを持っていると言う印象を周囲に認識させる。スポットライトが他の候補に向かないように徹底的に注目を集める。見事だった。隙が一つもない。戦国時代なら最高の軍師になれただろう。
だからというわけではないが、私も咲子も沢田絵里に対する警戒心のようなものが薄らいでいった。
沢田絵里がどこの大学を出て、どんな仕事をしてきたのかなんて、そんなことはどうでもよくなってきた。仕事のできる人間は過去すらも消すことが出来る……はずだったが。
翌日、私と咲子は旅先の奈良で沢田絵里の正体を知ることになった。

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