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千一夜
第48章 第7夜 訪問者 正体
私は初めて神宮球場で母校を応援した。
伝統のKW戦。三塁側内野席、私と咲子の隣にはK大学応援指導部OBの吉田という六十くらいの男が座っている。
吉田が私たちの隣の席に座ったのは偶然ではない。沢田絵里の提案で咲子の父が動いた。遠山高獅がどのくらいの寄付を応援指導部にしたのかわからないが、吉田の解説には熱がこもっていた。
そして吉田はこんなことを言って私を励ました。
「がんばってくれ長谷川君。○○市の市長で終わっちゃだめだぞ。知事を目指してくれ。市長の次は○○県の知事だ」
「私はまだ市長ではありませんよ」
「寝ぼけたことを言うな。君の隣には綺麗な細君がついているんだ。君は必ず勝つ」
咲子を見て吉田はそう言った。
君の後ろには遠山がついているんだ。負けることなんかないじゃないか。吉田はそう言いたかったのだろう。
残念ながら私の母校K大学は負けた。試合が終わり、W大学から「がんばれK」と応援された後に塾歌を歌った。自分が戦ったわけではないのに、私は悔しかった。負けると言うことはこういうことなのか。私の他に誰が市長戦に出るのかわからないが、負けたくないと私はそのとき思った。
そして私以上に私の母校を応援していたのが咲子だった。試合後、咲子はこう言った。
「野球がこんなに面白いなんて知らなかったわ。それにKW戦て何だか独特の雰囲気よね。こんな中で試合ができるなんて選手たちは幸せね。決めたわ、絶対に亮ちゃんの子供を産んでK大学に入れる。野球もさせるし、いいでしょ?」
ドキリとした。咲子の口から子供の話が出たのだ。
「できたのか?」
咲子の耳元で声を小さくしてそう訊ねた。
「ふふふ」
咲子は意味深に笑って、私の耳元で「がんばって」と言った。
これが純粋な野球観戦だったら何も言うことはない。ただ、私と咲子の周りにはOBの吉田だけではなく、私の地元新聞社の記者がいる。
○○市市長候補、長谷川亮太さん、奥様の咲子さん(旧姓遠山咲子)と一緒に母校の応援。
タイトルはこんな感じになるのだろう。もちろん私と咲子のツーショットの写真も添えられているはずだ。
ただ一つ、落としてはいけない重要なことがある。それは咲子の旧姓だ。遠山、この二文字だけは絶対に落とすことは許されない。
伝統のKW戦。三塁側内野席、私と咲子の隣にはK大学応援指導部OBの吉田という六十くらいの男が座っている。
吉田が私たちの隣の席に座ったのは偶然ではない。沢田絵里の提案で咲子の父が動いた。遠山高獅がどのくらいの寄付を応援指導部にしたのかわからないが、吉田の解説には熱がこもっていた。
そして吉田はこんなことを言って私を励ました。
「がんばってくれ長谷川君。○○市の市長で終わっちゃだめだぞ。知事を目指してくれ。市長の次は○○県の知事だ」
「私はまだ市長ではありませんよ」
「寝ぼけたことを言うな。君の隣には綺麗な細君がついているんだ。君は必ず勝つ」
咲子を見て吉田はそう言った。
君の後ろには遠山がついているんだ。負けることなんかないじゃないか。吉田はそう言いたかったのだろう。
残念ながら私の母校K大学は負けた。試合が終わり、W大学から「がんばれK」と応援された後に塾歌を歌った。自分が戦ったわけではないのに、私は悔しかった。負けると言うことはこういうことなのか。私の他に誰が市長戦に出るのかわからないが、負けたくないと私はそのとき思った。
そして私以上に私の母校を応援していたのが咲子だった。試合後、咲子はこう言った。
「野球がこんなに面白いなんて知らなかったわ。それにKW戦て何だか独特の雰囲気よね。こんな中で試合ができるなんて選手たちは幸せね。決めたわ、絶対に亮ちゃんの子供を産んでK大学に入れる。野球もさせるし、いいでしょ?」
ドキリとした。咲子の口から子供の話が出たのだ。
「できたのか?」
咲子の耳元で声を小さくしてそう訊ねた。
「ふふふ」
咲子は意味深に笑って、私の耳元で「がんばって」と言った。
これが純粋な野球観戦だったら何も言うことはない。ただ、私と咲子の周りにはOBの吉田だけではなく、私の地元新聞社の記者がいる。
○○市市長候補、長谷川亮太さん、奥様の咲子さん(旧姓遠山咲子)と一緒に母校の応援。
タイトルはこんな感じになるのだろう。もちろん私と咲子のツーショットの写真も添えられているはずだ。
ただ一つ、落としてはいけない重要なことがある。それは咲子の旧姓だ。遠山、この二文字だけは絶対に落とすことは許されない。

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