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千一夜
第43章 第七夜 訪問者 ゴースト
「君は思ったことが顔に出るタイプなんだな」
「はっ?」
「君はこう思っているだろ。咲子と結婚した場合、自分の姓が変わることになるのではないかと。違うか?」
「はい」
確かに私は心の中でそう思っていた。
「君に遠山の人間になってもらおうとは思っていない。咲子が君と結婚したら、長谷川咲子になる。咲子もそれを望んでいる。遠山の家も嫌われたものだな。君には一つだけ覚えておいて欲しいことがある」
「はい」
「咲子が君と結婚して長谷川咲子になっても、咲子は遠山の人間だ。目出度く咲子がお腹の中に君の子を宿したとしても、その子は君の子供ではあるが、遠山の人間だ。わかるか?」
「はい」
咲子と結婚しても、私は遠山の人間になることはできないということだ。もっとも私は遠山の人間になるつもりなんてない。
「君にお願いがある」
「はい、何でしょうか?」
「君と咲子には私の家で暮らして欲しい。高彦も一子も家を出て行った。正直私も家内も咲子がいなくなる寂しい。どうだ、老いぼれの願いをきいてくれないか」
「老いぼれだなんてとんでもないです。ただ……」
「何なら、家賃を払ってもらってもいいぞ。君に家賃が払えればの話だが」
「……」
遠山は家と言ったが、あれは屋敷だ。街の人間はみな遠山の家を「遠山様のお屋敷」と呼んでいる。
「家賃のことは冗談だ。どうだ? 私と家内と一緒に暮らしてくれないか。頼む」
遠山機械工業の会長が私に頭を下げた。断ることはできない。
「わかりました」
「そうか、ありがとう。はぁ、早く孫をこの手で抱きたい」
「……」
「そうだ、君に大事なことを言わなければならない」
「大事なこと?」
「選挙が終わるまで今日から君に選挙参謀をつける」
「選挙参謀……ですか?」
「市長選は圧勝しなければならない。市長選となればあの政党が必ず候補者を立てる。私の街なのにな」
「……あの政党」
「憲法を守れ、消費税をなくせ、なんておよそ地方政治には関係ないことを言っている政党だ」
「……」
「あの政党がこの街で持っている基礎票はおよそ五千。そこから半分いただく」
「二千五百?」
「そうだ。それで圧勝だ」
遠山がまたスマホを手にした。例によって「おい」と一言だけ言った。
数秒後。
「失礼します」
女の声だった。ドアが開けられた。
私は座ったままドアの方に目をやった。心臓が止まるかと思った。
「はっ?」
「君はこう思っているだろ。咲子と結婚した場合、自分の姓が変わることになるのではないかと。違うか?」
「はい」
確かに私は心の中でそう思っていた。
「君に遠山の人間になってもらおうとは思っていない。咲子が君と結婚したら、長谷川咲子になる。咲子もそれを望んでいる。遠山の家も嫌われたものだな。君には一つだけ覚えておいて欲しいことがある」
「はい」
「咲子が君と結婚して長谷川咲子になっても、咲子は遠山の人間だ。目出度く咲子がお腹の中に君の子を宿したとしても、その子は君の子供ではあるが、遠山の人間だ。わかるか?」
「はい」
咲子と結婚しても、私は遠山の人間になることはできないということだ。もっとも私は遠山の人間になるつもりなんてない。
「君にお願いがある」
「はい、何でしょうか?」
「君と咲子には私の家で暮らして欲しい。高彦も一子も家を出て行った。正直私も家内も咲子がいなくなる寂しい。どうだ、老いぼれの願いをきいてくれないか」
「老いぼれだなんてとんでもないです。ただ……」
「何なら、家賃を払ってもらってもいいぞ。君に家賃が払えればの話だが」
「……」
遠山は家と言ったが、あれは屋敷だ。街の人間はみな遠山の家を「遠山様のお屋敷」と呼んでいる。
「家賃のことは冗談だ。どうだ? 私と家内と一緒に暮らしてくれないか。頼む」
遠山機械工業の会長が私に頭を下げた。断ることはできない。
「わかりました」
「そうか、ありがとう。はぁ、早く孫をこの手で抱きたい」
「……」
「そうだ、君に大事なことを言わなければならない」
「大事なこと?」
「選挙が終わるまで今日から君に選挙参謀をつける」
「選挙参謀……ですか?」
「市長選は圧勝しなければならない。市長選となればあの政党が必ず候補者を立てる。私の街なのにな」
「……あの政党」
「憲法を守れ、消費税をなくせ、なんておよそ地方政治には関係ないことを言っている政党だ」
「……」
「あの政党がこの街で持っている基礎票はおよそ五千。そこから半分いただく」
「二千五百?」
「そうだ。それで圧勝だ」
遠山がまたスマホを手にした。例によって「おい」と一言だけ言った。
数秒後。
「失礼します」
女の声だった。ドアが開けられた。
私は座ったままドアの方に目をやった。心臓が止まるかと思った。

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