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千一夜
第43章 第七夜 訪問者 ゴースト
「君が市長になれば、日本で一番公共経済学に精通した市長の誕生になると桜井は言っていた。君には是非そうなってもらいたい」
「……」
「君は争いごとを好まない。人を押しのけることもしないし、誰かを陥れて上に上がろうともしない。真面目で馬鹿正直な男だ。私に言わせれば君は実につまらない男だ。男だったら戦え。男だったら誰かの足を引っ張ってものし上がれ。そう君に言っても意味などないのだろうな」
遠山はここで言葉を切った。
「……」
もちろん私は反論しない。遠山の言っていることは間違ってないからだ。
「だが、君は人から好かれる。竹内も早川も君のことを気に入ったようだ。二人共こう言っていた『お嬢様にぴったりの人だ』とな。咲子はそれを聞いて喜んでいた」
「……」
私が黙っていると、遠山はスマホを取り出した。そして誰かに電話を掛けた。
権力者は一言だけ電話の向こうの人間にこう言った。「おい」。それだけ言うと遠山は電話を切った。
数秒後、市長室のドアがノックされた。
「入れ」
遠山がドアの方にそう言うと、「失礼します」と言って三十くらいの男が部屋に入ってきた。
「あれを出せ」
「はい」
男は鞄から封筒と便箋、そして万年筆を出した。男はそれを私の前に置いた。
「下がっていい」
遠山が男にそう命令する。
「失礼します」
そう言って男は部屋を出て行った。
男が置いて行った封筒と便箋に目をやっていると、遠山は私にこう命令した。
「退職願だ」
「退職……退職とは……私の退職ということでしょうか?」
「当り前だ。年末の市長戦に君は出るんだぞ。いつまでも役所の職員ではいられない。わかるだろ」
「……」
「忙しくなるぞ。年末なんてあっという間だ。役所を辞めたら咲子と婚約、そして結婚。つまり咲子は無職の男と一緒になるわけだ。盛大な披露宴は期待するなよ。君も咲子もそう言う年齢じゃない。だからと言って周りの者に黙っていることもできない。そうだろ」
「……」
こんなに話が先へ先へ進んでいるとは知らなかった。後戻りすることはできない。
憂鬱だった。咲子が嫌いなわけではない。むしろ咲子のことを知れば知るほど、私は咲子のことが好きになっている。
どうして咲子は遠山の娘なのだ。咲子が普通の家の娘ならば。
なかなか冷静になることができなかったが、一つだけあることが頭を過った。
「……」
「君は争いごとを好まない。人を押しのけることもしないし、誰かを陥れて上に上がろうともしない。真面目で馬鹿正直な男だ。私に言わせれば君は実につまらない男だ。男だったら戦え。男だったら誰かの足を引っ張ってものし上がれ。そう君に言っても意味などないのだろうな」
遠山はここで言葉を切った。
「……」
もちろん私は反論しない。遠山の言っていることは間違ってないからだ。
「だが、君は人から好かれる。竹内も早川も君のことを気に入ったようだ。二人共こう言っていた『お嬢様にぴったりの人だ』とな。咲子はそれを聞いて喜んでいた」
「……」
私が黙っていると、遠山はスマホを取り出した。そして誰かに電話を掛けた。
権力者は一言だけ電話の向こうの人間にこう言った。「おい」。それだけ言うと遠山は電話を切った。
数秒後、市長室のドアがノックされた。
「入れ」
遠山がドアの方にそう言うと、「失礼します」と言って三十くらいの男が部屋に入ってきた。
「あれを出せ」
「はい」
男は鞄から封筒と便箋、そして万年筆を出した。男はそれを私の前に置いた。
「下がっていい」
遠山が男にそう命令する。
「失礼します」
そう言って男は部屋を出て行った。
男が置いて行った封筒と便箋に目をやっていると、遠山は私にこう命令した。
「退職願だ」
「退職……退職とは……私の退職ということでしょうか?」
「当り前だ。年末の市長戦に君は出るんだぞ。いつまでも役所の職員ではいられない。わかるだろ」
「……」
「忙しくなるぞ。年末なんてあっという間だ。役所を辞めたら咲子と婚約、そして結婚。つまり咲子は無職の男と一緒になるわけだ。盛大な披露宴は期待するなよ。君も咲子もそう言う年齢じゃない。だからと言って周りの者に黙っていることもできない。そうだろ」
「……」
こんなに話が先へ先へ進んでいるとは知らなかった。後戻りすることはできない。
憂鬱だった。咲子が嫌いなわけではない。むしろ咲子のことを知れば知るほど、私は咲子のことが好きになっている。
どうして咲子は遠山の娘なのだ。咲子が普通の家の娘ならば。
なかなか冷静になることができなかったが、一つだけあることが頭を過った。

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