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影を背負った愛~足りない愛を、君に
第26章 父の日の前夜 ~夢の余韻(start-2day)~ 彩香編①
ある土曜の午後。


彩香は大阪城近くのカフェで、久しぶりに母に電話をした。

「彩香、大丈夫? 大阪は慣れた?」

「うん……ちょっと寂しいけど、仕事は面白いよ。アニメのイベントも近くであるみたい」

母はため息をついた。

「健治さんには……ちゃんと話したの?」

「……ごめん。置手紙だけ」

母はそれ以上追及しなかった。
彩香がファザコンで、40代の男性にどうしようもなく惹かれてしまうことを、
母は一番よく知っていた。

夕方、アパートに戻ると、彩香は冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。
好きなアニメのBlu-rayを再生する。

『ひぐらしのなく頃に』のオープニングが流れると、少しだけ肩の力が抜けた。

でも、夜になるとまた健治さんの夢を見る。

夢の中で彼は、いつもの渋い声で囁く。

「彩香、逃げても無駄だぞ。お前は俺のそばにいるべきなんだ」

目が覚めると、枕が濡れていた。

ある日、会社帰りにスマホに通知が来た。

非通知の着信。

彩香は震える指で通話ボタンを押さなかった。

代わりにメッセージが一つ入っていた。

《彩香。無事か? 大阪にいるんだな。……無理強いはしない。
ただ、話がしたい。貴(たかし)にも、いつかお前を紹介したかったのに》

健治さんの息子、14歳の頃に離婚した貴くん。

健治さんは今も月に二回、キャッチボールに行っていると聞いていた。

彩香は画面を見つめ、返信を打とうとして止めた。

(怖い。でも、優しかった。守ってくれようとしてくれた……)

彩香はまだ、答えを出せずにいた。

大阪の夜風は、神奈川より少し冷たかった。

彩香はコートを羽織り直し、黒縁メガネの奥で目を細めた。

逃げてきたのは正解だったのかもしれない。
でも、心のどこかで、健治さんの厚みのある胸板に寄りかかりたかった自分も、
まだ確かに生きていた。

一途で純情な20代の女は、今日も一人、狭いアパートのベランダで星を見上げていた。

(健治さん……私は、まだ、あなたのことが——)

風が言葉をさらっていった。

終わりではなく、新たな始まりの予感を胸に、彩香は静かに目を閉じた。
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