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柔肌に泥濘んで、僕は裏返る
第19章 新しい記号
「やっぱり……裕樹は、Mじゃないと思う。」

その言葉で沈黙が破られ、裕樹は僅かに顔を上げる。

「昔、私も似たようなこと言われたの、思い出した。」

ナツの手が髪から離れ、裕樹の腕を辿るようにその手を取った。

指を絡めながら、繋いだ手を引くように身体を返し、裕樹の隣へと腰を下ろした。

「ドイツのツアーに来てた古代哲学の研究をしている人がいて。同じようなことを教えてくれたの。Sでもなければ、Mでもない、人の欲望の話。」

「色々難しいことを言ってたけど、私なりに解釈すると私や裕樹はきっと、支配されたいんじゃなくて、受け入れられることで自分の欲望が解けていく、みたいな。」

「それって、俺がさっき言ってた……」

「そう。その人はね、それをRって呼んでた。」

「あーる……?」

「うん。」

「Rってなんの略なの?」

「忘れちゃった……ちゃんと話してくれていたんだけど。」

「英語とか古い言葉の由来まで遡って教えてくれたけど、名前よりもその人の考え方に惹き込まれていったから……もう何年も前だしね。」

記憶の中を巡っていたナツの視線が、長いツアーから帰るように裕樹へ戻ってきた。

「私はずっと、誰かを支配したわけでも、かといって虐められたいわけでもないし……自分はなんなんだろうって思ってたの。」

繋いでいたナツの指先に、僅かに力がこもる。

「だけどRの話を聞いた時、少しだけ救われた気がした。」
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