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母なる果実
第1章 前篇 果実の抱擁
「――ありがとうございました。今日もすごくよかった。」

 一頻り堪能すると、男はすっと身を引いて恭しく頭を下げた。心なしか、俯き気味だった表情が晴れやかになっている。
 それを見た女は満足気に、床に落ちていた下着を拾ってその豊かな膨らみをそっと優しく包んだ。

「いえいえ。ご飯は食べたの?」
「得意先で食べてきた。」
「そう、よかった。じゃあ最後に…はいっ。」

 話しながらTシャツまで着終わった彼女は、最初よりもさらに広く腕を広げて、おいでと言わんばかりに彼を誘う。
 男はその様を見て当然のように近づき、そっと腕を回して抱き寄せる。女もまた、優しく受け入れて包み込んだ。
 温もりを確かめあうようにぎゅっと身を寄せ合い、お互いの匂いがそれぞれの鼻腔をくすぐって心地よい時が流れる。

 ――やがて、どちらともなく身を離すと、お互いを見つめながら、ふっと柔らかく顔を綻ばせた。

「頑張ってね。」
「うん、そっちも。」

 口付けは交わさない。それがいつの間にか出来た、二人の暗黙の了解だった。
 そのまま男は身を翻すと、床に落としたビジネスバッグを拾い上げて、きびきびとした動きで靴を履いて、玄関の戸に手をかける。

「本当にありがとうございました。また、辛くなったら…。」
「もちろん、いつでもおいで。またね。」
「うん、また。」

 手をひらひらと振って見送ってくれる彼女に、にこっと微笑みかけながら、彼はまた暗闇へと消えていった――。




 女は外に響く足音が聞こえなくなるまで佇んでいた。そして、小さなため息をほんの一つだけつくと、清々しくうんと伸びをする。

「さーて、たくさん充電できたし。もう一仕事がんばりますか…!」

 そういって奥の部屋に入り、同じラベルの茶色い小瓶がたくさん転がる机に座って、ノートパソコンと睨めっこを始めるのだった。
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