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映える恋(短編集)
第1章 鍵の音
キッチンの灯りだけが点いたリビングは、やわらかい橙に包まれていた。お湯を沸かす音と、風が窓を揺らす音だけがしている。
「ココア、飲む?」
「うん……いただこうかな」
マグカップを両手で包んだ優衣の指先が湯気に透ける。ほんの少し笑ったその顔が、さっきよりも近く感じた。言葉じゃない何かが、空気の粒に混ざって漂っている。あたたかくて、でもどこか切ない。
私はそっと言った。「触れてもいい?」
優衣のまつげが一度ふるえて、そしてうなずいた。
その仕草だけで、今夜という夜が、特別なものに変わっていくのがわかる。コートを脱がせ、髪を撫で、頬に触れる。
そのひとつひとつが、誰にも見せたことのない自分になっていくようで、少しだけ怖かった。けれど、それ以上に――愛しかった。
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