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独りの部屋
第29章 静かな侵食
美術館が閉まったあとの、誰もいない展示室。

壁には照明を落としたままの油絵が一枚だけ、息を潜めていた。

「誰にも見られないって、変な感じね」
詩織さんが笑った。
けれど、背中にそっと回された腕が、その言葉と裏腹に熱を帯びている。

「さやさんって、手、きれい」
手の甲に触れられるだけで、鼓動が早まる。

「もっと……動かしてもいい?」

耳元にかかった吐息は、絵の静寂とは対照的に湿っていて、誘っていた。

ブラウスの下へ、ゆっくりと指が這ってくる。
布越しに擦られる感覚は、確かに愛撫だった。
同性の手がこんなにも柔らかく、奥まで火をつけるなんて――

「初めてでしょ、こういうの」
見透かすような声。
否定できなくて、そっとまぶたを閉じた。

額を重ねたまま、詩織さんの指が下りていく。
静かに、なめらかに、求める場所を探しあて、濡れた熱をすくう。

「かわいい」
その声だけで、崩れそうだった。

誰にも知られない、この夜の展示室で。
わたしはもう、彼女の手から逃れられない。

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